ミュージカル『スリル・ミー』開幕！　松岡広大×山崎大輝が辿る若き二人の顛末

2023.09.16

REPORT

2023年9月7日（木）、東京芸術劇場シアターウエストにて、ミュージカル『スリル・ミー』が開幕した。本作は、1920年代のアメリカで実際に起こった犯罪史上に残る残忍な事件を土台とした心理劇。「私」と「彼」、そしてピアノの演奏のみで紡がれる、およそ100分間のミュージカルとなっている。

「私」が「彼」と34年前に起こした誘拐殺人事件。動機とされているのはただ一つ、「スリルを味わいたかったから」。だが、それが真実の全てではなく、ストーリーが進むにつれ隠された真相が明らかになっていく。

栗山民也が演出を手掛け、過去の上演でも大きな話題となったこの作品に、今回挑むのは尾上松也（私）×廣瀬友祐（彼）、木村達成（私）×前田公輝（彼）、松岡広大（私）×山崎大輝（彼）の3組のキャスト。本レポートでは、今回で二度目のタッグとなる、松岡広大と山崎大輝ペアのゲネプロの模様をお届けする。

物語は、収監者「私」が5度目の仮釈放審議にかけられるシーンから始まる。監獄の薄汚れた窓からの光が、俯きがちな「私」の上に落ちている。松岡演じる監獄の中の「私」は、無気力そうな表情で質疑に応答しているが、そこはかとなく神経質な雰囲気を纏っているように見えた。

「私」の語りから、舞台上の時間は34年前の事件が起こる前へと遡っていく。板の上に立っているのは、19歳の「私」と「彼」。3組のキャストの中で松岡×山崎ペアが最年少ということもあってか、この二人のやり取りには本当に学生同士かのような空気感があった。

まさに優等生といった「私」と、同じく優等生だけれどもその実、裏の顔がある「彼」。そんな二人のやりとりからは、若々しく未熟であるがゆえの、繊細さと傲慢さを感じた。それでいて、その青さからは意外なほどソリッドな印象を受けたのは、再共演となった松岡と山崎が、稽古を重ねた先で辿り着いた境地なのだろう。

松岡が演じる19歳の「私」は、「彼」を高く評価してその存在を欲し、その「彼」に見合うだけの自分であるという自尊心を持ち合わせているように感じた。というのも、その意志の強そうな瞳の奥に、自分だけを見つめようとしない「彼」に対する苛立ちが見え隠れしたからだ。

誰よりも「彼」を理解し、正当に評価し、その上で寄り添おうとしているのに、なぜよそを気にする必要がある？　松岡の「私」が「彼」の凶行に付き合うさまからは、常軌を逸した行動への戸惑いと共に、「なぜ僕がそばにいるだけでは満足しないんだ？」という怒りにも近い感情が伝わってきた。

その「私」と対峙する山崎の「彼」は、不安や弱さを心の奥に抱えた、若者らしい若者という印象があった。“洗練された優秀な学生である自分”という皮を懸命にかぶり、自身ありげに尊大な振る舞いをしているけれど、それはコンプレックスの裏返し。

そんな「彼」がニーチェの思想にかぶれて“超人”になろうとしてしまうのも、なるほどと理解できる。「私」のことを評価し必要としてはいるが、己の内面にばかり気を取られ、「私」の本当の顔までは見えていないように感じた。

物語はクライマックスを迎え、松岡の「私」が隠していた真相を知り、愕然とする山崎の「彼」。ここまでの二人を見ていると、なるべくしてこうなったような感覚にも襲われる。しでかした事件の凶悪さに怯えながらも、時折妙に冷めた視線をしていた「私」は、判決前夜の独房で剥き出しの弱さを見せた「彼」を、どのような心境で受け止めていたのだろう。

演者によって作品の雰囲気ががらりと変わるのも、今作を鑑賞する際の魅力のひとつだ。ぜひ劇場で確かめてみていただきたい。