ミュージカル『スリル・ミー』開幕! 木村達成×前田公輝が見せる互いを求め合う形
2023年9月7日(木)、東京芸術劇場シアターウエストにて、ミュージカル『スリル・ミー』が開幕した。本作は、1920年代のアメリカで実際に起こった犯罪史上に残る残忍な事件を土台とした心理劇。「私」と「彼」、そしてピアノの演奏のみで紡がれる、およそ100分間のミュージカルとなっている。
「私」が「彼」と34年前に起こした誘拐殺人事件。動機とされているのはただ一つ、「スリルを味わいたかったから」。だが、それが真実の全てではなく、ストーリーが進むにつれ隠された真相が明らかになっていく。
栗山民也が演出を手掛け、過去の上演でも大きな話題となったこの作品に、今回挑むのは尾上松也(私)×廣瀬友祐(彼)、木村達成(私)×前田公輝(彼)、松岡広大(私)×山崎大輝(彼)の3組のキャスト。演者によって作品の雰囲気ががらりと変わるのも、今作を鑑賞する際の魅力のひとつだ。本レポートでは、今回の上演が初出演となる、木村達成と前田公輝ペアのゲネプロの模様をお届けする。
物語は、収監者「私」が5度目の仮釈放審議にかけられるシーンから始まる。監獄の薄汚れた窓からの光が、俯きがちな「私」の上に落ちている。木村が演じる収監者としての「私」は、34年間に渡る服役で精神が磨耗したかのようにくたびれた様子で、これまで目にしたことのある木村の姿との程遠さに、思わず目を疑ってしまった。語り口にもあまり感情の波がなく、およそ覇気というものが感じられない。
「私」の静かな語りから、場面は事件当時の時間軸へ。19歳の「私」となった木村の瞳が生き生きと輝きだし、乾き切った囚人としての「私」とは別人のようだった。
「彼」の一挙手一投足に心を揺り動かされ、はにかんだような表情を見せたかと思えば、傷付き泣きそうな顔をする。狂ったようにスリルを追求する「彼」に驚き戸惑いつつも、離れられずに追い縋り……。「彼」への想いに身を焦がし、気持ちを弄ばれてもなお「彼」を求めるさまからは、自身に対する我が物顔の身勝手な振る舞いすらも、捻じ曲がった愛情の形として受け止めているのではと感じさせられた。
それに対する前田の「彼」は、まさに傲岸不遜。スマートな立ち振る舞いでありながら、冷たい瞳の奥には野蛮さがちらついており、突然見せる乱暴な振る舞いが“いつキレるか分からない”抜き身のナイフを思わせる。
自分に対する好意を隠さない「私」へ思わせぶりに触れたかと思えば、陶然とした表情をする「私」に冷めた視線を注ぐ。その態度からは、己の存在を心から欲しているという点において「私」に価値を見出し、さらにその執着を当然のものとして受け止めている様子が見て取れる。
何かを当たり前としているということは、それを欠くことができないということ。つまり、一見アンバランスにも見える二人の「私」と「彼」の関係は、お互いの存在が不可欠だという点で対等なのだと感じた。
物語が進み、明らかになっていく事実。「私」が抱えていた真相を知り、驚いたのは前田の「彼」だけではなかった。ニーチェに傾倒して“超人”となることを標榜し、狂気に満ちた事件を企てた「彼」。そして、その「彼」を受け入れ、なおも「彼」と共にあることを心から望んだ「私」。本当に狂っていたのはどちらだったのか。取調室での「彼」の懇願を受け入れた後に「私」を演じる木村が見せた、慈愛に満ちたような微笑みが忘れられない。
文:古原孝子
撮影:田中亜紀
公演概要
ミュージカル『スリル・ミー』
2023年9月7日(木)~10月3日(火)
東京芸術劇場シアターウエスト
原作・音楽・脚本:Stephen Dolginoff
翻訳・訳詞:松田直行
演出:栗山民也
出演者:
尾上松也(私役)×廣瀬友祐(彼役)
木村達成(私役)×前田公輝(彼役)
松岡広大(私役)×山崎大輝(彼役)
ピアニスト:
朴勝哲/落合崇史/篠塚祐伴
チケット:
9,500円
注釈付席:9,500円
注釈付補助席:9,500円
(税込・全席指定)
【ツアー】
■大阪公演
2023年10月7日(土)~10月9日(月・祝)
サンケイホールブリーゼ
■福岡公演
2023年10月11日(水)・12日(木)
キャナルシティ劇場
■名古屋公演
2023年10月14日(土)・15日(日)
ウインクあいち 大ホール
■群馬公演
2023年10月21日(土)・22日(日)
高崎芸術劇場 スタジオシアター