ミュージカル『レ・ミゼラブル』観劇レポート!「人生の節目に、傍らにあってほしい作品」
1987年の帝国劇場初演以降、多くのミュージカルファン、そしてレミゼファンを生み出したミュージカル『レ・ミゼラブル』が、2024年12月から上演中。本作は、現・帝国劇場のラストを飾る帝劇クロージング公演となる。
筆者にとっても現・帝劇でのラストの観劇となったこの日のプリンシパルキャストは、ジャン・バルジャン役を飯田洋輔、ジャベール役を小野田龍之介、ファンテーヌ役を生田絵梨花、エポニーヌ役をルミーナ、マリウス役を山田健登、コゼット役を加藤梨里香、テナルディエ役を染谷洸太、マダム・テナルディエ役を樹里咲穂、アンジョルラス役を小林 唯が演じた。
2023年末の劇団四季退団後、今作で初めて帝劇に立った飯田をはじめ、ルミーナや山田、小林など初出演キャストが多く揃った回とあって、作品の歴史が持つ重みだけでなく、次世代の風をも感じられる時間となった。
永遠の物語に吹く、新しい風
家族のためにたったひとつのパンを盗んだことから、19年間投獄されていたジャン・バルジャンが、ジャベールから仮出獄を言い渡されるシーンから物語は始まる。この先の、愛と葛藤と隣合わせの激動の人生を示唆するかのようなバルジャンの赤い囚人服が、仄暗いシーンに鮮やかに浮かび上がり、脳裏に焼き付いた。
突然の自由と、自由とは名ばかりのついて回る罪人というレッテルの間で、自分を取り巻くすべてに今にも呪詛を吐き出しそうな鬼気迫るバルジャンが痛々しくも切ない。その中にも、飯田ならではの慈愛の灯火が宿り続けていたのが印象に残っている。
司教と出会い赦しを得たバルジャンが歌い上げる「独白」では、その慈愛が歌声に乗ってじわりじわりと空間に広がっていく。鳥肌が立つような迫力のプロローグが終わり、ここから、新たな人生を得た男の激動の物語が動き始めていく――。
司教と出会い、ファンテーヌと出会い、その娘コゼットの育ての親として彼女を愛し守っていくバルジャン。その時々に葛藤や後悔はあるものの、全力で我が人生を生き抜いていく力強さと、その強さの根底にある優しさが、飯田の歌声からは滲み出ていた。
コゼットの恋人・マリウスの無事を祈る「彼を帰して」や、コゼットと最後の再会を果たし神の国へと旅立つ「エピローグ」。そういったシーンでバルジャンの優しさや善性に触れる度、改めて“光と影の光”だと例えられるジャン・バルジャンの人間性を感じられたように思う。
これまでのキャリアで培ったものを遺憾なく発揮し、レミゼ初出演とは思えぬほどの円熟した佇まいを見せた飯田のバルジャン。俄然、新たに生まれ変わった帝国劇場で再び飯田バルジャンに出会える日が楽しみになった。
そんなバルジャンの因縁の相手として登場するのが、警部のジャベール。小野田が演じるジャベールは、1幕では小野田自身が持つ上品な雰囲気を感じられる、品行方正なジャベールといった姿が印象的。その1幕があるからこそ、2幕で髪を振り乱し、正義という信念が揺らいでしまう瞬間の脆さと若干の狂気に鳥肌が立った。前回公演ではアンジョルラスを演じていた小野田が見せた、33歳とは思えぬ迫力あるジャベールの生き様は、見事の一言に尽きる。
今回初めてファンテーヌを演じる生田は、これまでコゼット、エポニーヌを演じてきた。娘世代の印象が強かったものの、実際に幕が開けてみると、そこには母としての強さを感じられる生田の姿があった。大人の女性としての芯の強さはありながらも、不遇な身の上と時代に翻弄されていく姿が痛ましく、胸を締め付けられる。ボロボロとなって歌う1幕での「夢やぶれて」、そしてラストの「エピローグ」での女神のような慈愛に満ちた姿。このグラデーションに、改めて彼女のミュージカル俳優としての未来が楽しみになった。
本作はバルジャンの半生を描くとともに、自分たちの明日を勝ち取ろうと動き出す民衆たち、そしてその中で芽生える恋の物語も描き出す。そこで中心人物となるのが、革命を志す学生のアンジョルラスとマリウス。そんなマリウスに片思いをしているエポニーヌ、かつてエポニーヌの両親であるテナルディエ夫妻のもとで虐げられていたファンテーヌの娘・コゼットたちだ。
バルジャンの愛情をたっぷり受けて育ったことが感じられる加藤のコゼットは、透明感あるみずみずしい歌声が魅力的で、なんとも愛らしい。マリウスと出会い、恋に浮足立つ乙女な様子は微笑ましく、思わず口元が緩んでしまった。山田の王子様然としたビジュアルのマリウスと並ぶと、まるでそこだけおとぎ話の世界のよう。
山田は笑うと目尻が下がり、文字通り“ニコニコ”といった表情になるのだが、恋を知ったマリウスは、まさにこの表情をしている。革命を前に恋に浮かれていたり、エポニーヌの恋心に鈍かったりする姿は、世間知らずのお坊ちゃんといった雰囲気。山田の持ち前の柔らかな雰囲気が、憎めない愛らしいマリウス像を生み出していた。終盤では仲間の死を受けて憔悴しきったその姿に、庇護欲を駆り立てられたファンも多いのではないだろうか。
恋に革命に、真っ直ぐ向き合うマリウスと、愛されて育ったコゼットのピュアさが印象的だったことで、マリウスに叶わぬ恋をするエポニーヌの辛さが浮かび上がる。韓国版『レ・ミゼラブル』で800人の中から全会一致でエポニーヌ役に抜擢されたという経歴を持つルミーナの歌唱は圧巻。力強いだけでなく繊細さも併せ持つ多彩な表現力に、思わず視線を奪われ、どうかエポニーヌにも幸せになってほしいと願ってしまったシーンは少なくない。
また、使命に突き動かされるように革命へと突き進む小林のアンジョルラスの信念とマリウスとの対比も興味深かった。2023年末まで劇団四季で活躍していた小林の通る歌声は、革命を率いるアンジョルラスのはらむ血気盛んな熱と未熟さとを力強く表現。
アンサンブル含め、革命に挑んだ彼らの命のきらめきが躍動感いっぱいに描かれるからこそ、彼らがより強い光の前であっけなく倒れていく演出には、行き場のない憤りと悲しみを抱かざるを得なかった。
身体能力の高さを武器に魅せる狡猾でトリッキーな染谷のテナルディエと、強かさを感じさせる樹里のマダム・テナルディエの抜群の相性にも触れておきたい。2人の存在が、作品に軽快な音色と、この時代に生きた民衆の多様な生き方を添えていた。
作中では金に汚い小悪党として登場する2人だが、彼らも愛に生きたバルジャンや、正義に生きたジャベールと同じように、自分たちなりの明日を生きようとしたに過ぎないのだろう。どの生き方が正しいということではなく、人の数だけ生き方があるのだという当たり前なことを、テナルディエ夫妻に改めて教えてもらった気がする。
時代を超えて問いかける、生きることの意味
自分らしく生きるとはどういうことか――。決して簡単には答えが出ない、もしかしたらどれだけ時間をかけても最期の瞬間まで答えが出ない問いかもしれない。しかし、『レ・ミゼラブル』は、多忙な日々の中で忘れそうになる“生きること”について思い出させてくれる。人生の節目に、傍らにあってほしい作品のひとつといえるだろう。
観劇後、本初日前会見でジャン・バルジャン役の吉原光夫が、「(最後に歌う『民衆の歌』の)メッセージを受け取ったお客様がそれをどう咀嚼して、どうこの時代に響き渡らせていくのかということが大事になる」と語った言葉を、ふと思い出した。じっくりと今回の観劇で受け取ったものを咀嚼しながら、新しくなった帝劇で再びミュージカル『レ・ミゼラブル』を観劇できる日を心待ちにしたい。
文:双海しお
ミュージカル『レ・ミゼラブル』帝劇クロージング公演本初日会見レポートはこちら
公演概要
ミュージカル『レ・ミゼラブル』
キャスト:
ジャン・バルジャン・・・・・・・・吉原光夫、佐藤隆紀、飯田洋輔
ジャベール・・・・・・・・・・・・・・伊礼彼方、小野田龍之介、石井一彰
ファンテーヌ・・・・・・・・・・・・・昆夏美、生田絵梨花、木下晴香
エポニーヌ・・・・・・・・・・・・・・屋比久知奈、清水美依紗、ルミーナ
マリウス・・・・・・・・・・・・・・・・三浦宏規、山田健登、中桐聖弥
コゼット・・・・・・・・・・・・・・・・・加藤梨里香、敷村珠夕、水江萌々子
テナルディエ・・・・・・・・・・・・・駒田一、斎藤司、六角精児、染谷洸太
マダム・テナルディエ・・・・・・・森公美子、樹里咲穂、谷口ゆうな
アンジョルラス・・・・・・・・・・・木内健人、小林唯、岩橋大
上演スケジュール:
帝劇公演:2024年12月20日(金)本初日〜2025年2月7日(金)千穐楽
*プレビュー公演:2024年12月16日(月)〜12月19日(木)
2025年全国ツアー公演
大阪公演:3月2日(日)~3月28日(金) 梅田芸術劇場 メインホール
福岡公演:4月6日(日)~4月30日(水) 博多座
長野公演:5月9日(金)~5月15日(木) まつもと市民芸術館
北海道公演:5月25日(日)~6月2日(月) 札幌文化芸術劇場 hitaru
群馬公演:6月12日(木)~6月16日(月) 高崎芸術劇場
製作:東宝