ソングサイクル・ミュージカル『雨が止まない世界ならin 2024』公演レポート
2024年4月6日(土)、大手町三井ホールにてソングサイクル・ミュージカル『雨が止まない世界ならin 2024』の上演が行われた。
2020年のコロナ禍を背景に西川大貴(脚本・演出)と桑原あい(作曲・音楽監督)がタッグを組んで生み出した本作は、2021年の歌詞公開から始まり、ポエトリーリーディング、ワークショップ公演の実施、コンセプトアルバムの発売、コンサートバージョンの上演と形を変えながら育まれてきた。
今回は総勢15名の多彩なキャスト(西川大貴、阿岐之将一、梅田彩佳、浦嶋りんこ、Ema、大音智海、笠井日向、知念里奈、TENDRE、内藤大希、長谷川開、原田真絢、廣瀬友祐、皆本麻帆、吉田広大)と、8名のバンドメンバー(桑原あい、吉田篤貴、地行美穂、世川すみれ、関口将史、勝矢匠、横田誓哉、伊藤ハルトシ)による、この日限りのスペシャルな公演となった。以下、昼公演の模様をレポートする。
この日の東京は早朝に雨が降り、その後は曇天が続いていた。開放感溢れるガラス張りの劇場ロビーから外に目をやると、空いっぱいにどんよりと薄暗い雲が漂っている。客席に一歩足を踏み入れると「ザーッ」という雨音が響き渡り、会場全体にブルーの照明が雨のように降り注ぐ。開演が近づき客席が静かになればなるほど、それとは反比例して雨音がより鮮明になっていく。ここは既に“雨が止まない世界”なのだ。
舞台後方の上手から下手には8人のバンドメンバー、舞台前方に4人のキャストがハンドマイクを手に登場。雨音にピアノの旋律が重なり、作品世界へと誘うにふさわしいナンバー「今日も窓が濡れる」が幕開けを告げる。Ema、大音智海、長谷川開、原田真絢がそれぞれ全く異なる個性の歌声を重ね合わせることで、深く美しいハーモニーが紡がれていく。1曲目の時点で、改めて本公演のキャストのバラエティの豊かさと実力の高さを思い知らされる。
2曲目「狐雨の頃」では、吉田広大がこれでもかと全身全霊のエネルギッシュなソロを聴かせてくれた。吉田の爆発力のある歌声と身体を駆使した激しい感情表現が、ドラマチックで疾走感のあるこの曲の魅力をさらに引き立てる。
続く「雨蛙の主張」はゲロッと(?)雰囲気が変わり、緑の衣装に身を包んだ阿岐之将一と梅田彩佳が「ゲロゲーロ♪」と蛙の合唱で会場を盛り上げた。2人(2匹)の溢れんばかりの笑顔とアップテンポな楽曲につられて自然と手拍子が始まる。曲中で行われる蛙たちの歌声合戦も愛らしく、客席からは度々楽しそうな笑い声も聞こえてきた。クライマックスで散らした紙吹雪を自ら箒とちりとりで掃除をするところまで、愛嬌たっぷりな微笑ましいコンビだ。
ステージ中央にスッと立ち、まっすぐな瞳で前方を見つめながら歌い始めたのは廣瀬友祐。ひとりの青年の不安と希望がないまぜになった気持ちが綴られた「逃げのびるだけでいいだろう」を、真っ白な衣装で飾らずに歌う廣瀬。最後のフレーズで思わず一歩前に踏み出し、抑えきれない感情が溢れ出る瞬間がグッときた。
廣瀬と入れ替わるように舞台上に現れたのは、本公演のキャストで最年少の笠井日向だ。錚々たるキャストの中で堂々と「海に潜ったクジラ」を歌い上げる。病院のベッドから空想を膨らませ心躍らせる少女を丁寧に、眩しいほどの笑顔を覗かせながら瑞々しい歌声で表現していた。
儚い少女のナンバーから一転して怪しげな旋律が流れ始めたかと思うと、暗闇の中から長谷川が姿を見せる。長谷川は「知ろうとしない」でとどまるところを知らない幅のある歌声を余すことなく響かせた。時に色っぽく時に狂気的に難曲を歌いこなし、ステージ上で強烈な存在感を放つ姿に圧倒される。
本作イチのロックナンバー「正気を気取った狂人」は、コンセプトアルバムでも同曲を担当している内藤大希が歌唱。5歳の少年に扮した内藤が両親の喧嘩についての悩みを客席に向かって語りかけたかと思うと、「カモン」の一言でホールはライブハウスへと様変わり。色とりどりの照明が降り注ぎミラーボールが回る中、内藤少年は舞台上を駆け回り全身で思いの丈を歌い上げる。後半は通称“狂人ダンサーズ”のEmaと原田も加わりさらにヒートアップ。激しいシャウトで曲を締めくくった。
会場の熱が冷めやらぬ中、舞台上手の椅子に座って登場した皆本麻帆が「今ならきっと」を切なくもチャーミングに歌い始める。親との確執を抱えたまま家を飛び出してきた女性が抱える複雑な心境を切々と歌う皆本。彼女の姿を通して手に取るように情景が見えてくる。「カレーライス」のくだりで思わず涙腺が緩んでしまったのは筆者だけではないだろう。
気付けば1幕も終盤に。1幕ラストの「We’re Singin’ in the Rain」は、チェックのスーツ×シルクハット×蝶ネクタイというシックかつかわいらしい衣装に身を包んだ西川大貴が登場。よく見ると足元にはタップシューズも。西川はとびきりハッピーに歌い上げ、クライマックスには軽快なタップダンスを披露。客席に笑顔の花を咲かせていた。
2幕は大音と原田による「Blue Blue Earth」で幕を開けた。ブルーの照明の下、気怠げなメロディーにしっとりとした2人の歌声が絶妙に絡み合い、美しいハーモニーが生まれていく。気付けば音楽に飲み込まれ、再び“雨が止まない世界”へと没入していくことができた。
続いては知念里奈による「東京漂流」。あまりにも目まぐるしく変わる世の中に戸惑う赤裸々な想いを、知念が柔らかな歌声に乗せて客席に届けた。変化に置いてけぼりになることに不安を感じる人々の想いを代弁するストレートな歌詞に、作者の優しい目線が感じられるナンバーだ。
冒頭の無機質なメトロノームの音が印象的な「NEWS! NEWS! NEWS!」では、本公演1曲目と同じくEma・大音・長谷川・原田の4人がメガネをかけて再登場。張り詰めた空気が漂う中、一糸乱れぬ複雑な四重唱を披露した。コロナ禍で「緊急事態宣言」「感染者数の報告」「変異株の発生」など不穏なニュースが流れ続けた日々を思い出さずにはいられない。
「海に潜ったクジラ」の続編とも言えるナンバー「空に飛ばす手紙」では、再び笠井が切ない想いを歌に込めた。椅子に座って遠くを見ながら歌う姿は、病室のベッドから窓の外を見つめる少女の姿を連想させる。本作では曲と曲の間にラジオ音声(アナウンサー 川口満里奈)が度々流れるのだが、この曲はラジオの内容とリンクしたストーリー仕立てになっている。こうした遊び心ある構成が、本作の世界観を唯一無二のものにしているのかもしれない。
EmaとTENDREが極上のハーモニーで観客を魅了したのは、すれ違う男女が再びやり直そうと前向きに歩みを進めるナンバー「きっとまだ」。まずEmaとTENDREがそれぞれソロを歌い合うのだが、その段階で不思議と彼らの声質の相性の良さに確信を持てた。実際、2人の歌声が重なった瞬間は鳥肌モノだ。期待以上にマッチした心地よい二重唱が体中に染み渡っていった。
ソロナンバーとしては最後となった「舟を漕ごう」は、浦嶋りんこが圧巻の歌唱で衝撃を与えた。一人称“俺”で始まるこの曲は、元々は男性が歌うことが想定されていたのかもしれない。しかし、ドレスの裾を握りしめながら絶唱する浦嶋の力強いパフォーマンスも相まって人生讃歌として見事に成立していた。
曲の終盤にはキャストが1人ずつ舞台上に姿を現し、ラストナンバー「世界は変わってない」を15名全員で大合唱。シンガー、俳優、ミュージカル俳優といったジャンルの垣根を超えて集った精鋭たち一人ひとりの顔は、とても晴れ晴れとしていた。カーテンコールでは全キャストと桑原から一言ずつ挨拶の時間が設けられた。誰もが笑顔で作品とカンパニーへの愛あるコメントを述べ、多幸感溢れる締めくくりとなった。
コロナ禍をきっかけとして誕生し、時間をかけて少しずつ進化してきたソングサイクル・ミュージカル『雨が止まない世界なら』。2020年からしばらくの間、エンターテインメントは“不要不急”と言われ、人と人との関係は希薄になり、息が詰まるような不安な日々を過ごしてきた人は少なくない。だからこそ今の尊さを忘れないためにも、本作の存在は非常に意義深いものがある。この日の上演は作品としてひとつの集大成になるだろう。けれど決してここで歩みを止めることなく、これから先の未来へと末永く続いていくことを願って止まない。
取材・文:松村 蘭(らんねえ)
写真:牛島康介
配信概要
ソングサイクル・ミュージカル『雨が止まない世界ならin 2024』
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