演出家・元吉庸泰インタビュー 「先輩方からいただいた教えの一つひとつが、大切な財産」(前編)
ミュージカルからストレートプレイ、2.5次元作品、そしてオリジナルミュージカルまで幅広いジャンルの演出、脚本・歌詞を手掛ける元吉庸泰さん。これまでに舞台『鬼滅の刃』(脚本・絵出)、ミュージカル『ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド』(脚本・歌詞)など数々の話題作を手がけ、そのたびに独自の視点で舞台の魅力を立ち上げてきています。
さらに12月9日(火)から上演されるミュージカル『十二国記 -月の影 影の海-』では、脚本・歌詞、そして1月8日(木)から上演される新作ミュージカル『白爪草』では演出を手掛けられます。
THEATER GIRLは、元吉庸泰さんにインタビュー。前編では、演出や脚本を手掛けられる際に一貫して大切にしていること、ミュージカル『十二国記 ‐月の影 影の海‐』への取り組み、演出助手の経験を通じて先輩方から学んだことなど、たっぷりとお聞きしました。
舞台上で起きている“音”や“動き”をどう保つか常に意識している
――ミュージカルからストレートプレイ、2.5次元作品からオリジナル作品まで、幅広いジャンルの演出や脚本・歌詞を手掛けられていますが、一貫して大切にしていることはありますか。
演劇の一番怖くて、同時に面白いところは「時間が止まらない」ことだと思っています。演出にしても脚本にしても、観客が見ている間ずっと時間が進み続ける。その中で長い歌を歌っていても、物語の時間は決して止まりません。2.5次元作品では、漫画なら絵で処理できるセリフの“間”も、舞台にのせるとすべてリアルな時間として存在してしまいます。
だからこそ、時間が途切れないように演出すること、台詞を発している間も周囲の情景が動き続けるよう意識することを、とても大事にしています。そうでないと、僕たちが普段している“生きたコミュニケーション”にならないので。
例えばミュージカルだと、心情を歌うソロの時間は、リアルだと何の時間?ということもありますよね。それはお客様に向き合う時間なのか、それとも現実を切り取った時間なのか。お客様の前で時間が死なないよう、舞台上で起きている“音”や“動き”をどう保つかは、常に意識していますね。
――ジャンルに関係なく、「時間を止めない」ということを共通して大切にされているのですね。
脚本や、原作の漫画・小説を読む段階では、僕たちは「目で読むメディア」として受け取ります。しかし、それが舞台になった瞬間、言葉や音楽、俳優の声による“音のメディア”に変わる。このコンバートを非常に意識しています。
舞台でのセリフのやり取りは、きちんと音として心地よく飛び交わなければなりません。だから戯曲って言うんだと思うんですが。そして、言葉の意味が伝わるかどうかが重要です。この感覚は、マンガ原作の台本を書いたときに特に強く意識するようになりました。
演劇の戯曲で一人が話す分量は、だいたい20〜40文字程度なんです。そのぐらいの短いやり取りをテンポよく重ねていくのが、古くからの戯曲のスタイルで、つか(こうへい)さんや野田(秀樹)さん、鴻上(尚史)さんの作品でも、会話の中での長ゼリフといっても60〜100文字ほどです。
一方で漫画は、1つのセリフがその何倍にもなるんです。『鬼滅の刃』を担当した時も、炭治郎のセリフ量がとにかく多くて。それをそのまま演劇で喋ろうとすると、時間をものすごく使いますし、他の人物の“時間が止まる”ような状態にもなる。だからこそ、舞台にコンバートする際に、どれだけ脚本的に、演出的に調整できるかが大切だと感じています。
『ジェイミー』というミュージカルをやらせていただいたときも、イギリス英語ですごい量を喋るんです。イギリスでは上演時間が日本より10〜15分短いんです。日本語だと同じことを喋っていても時間を使ってしまう。音節の少なさもあって日本語はミュージカルに向いていないと言われるんです。
――演出を依頼された時は、まずどのような作業から始められるのでしょうか?
まずは、すべて自分で声に出して読みますね。脚本でも同じなのですが、書き終えたあとに必ず全編を声に出して確認して、リズムが悪い箇所や、読んでいて気持ちの悪いところがないかをチェックしていきます。
下手すると歌うこともあったりして。ミュージカル『ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド』を手がけていた時は、夜中に「おれは人間をやめるぞー!」とずっと歌っていたので、近所からするとだいぶ怪しかったと思います(笑)。
でも、音として、言葉として、ちゃんと成立しているかを確認する作業は欠かせないので。会話の音の流れやテンポを見て、「ちょっと長いな」「リズムが悪いな」と感じる部分は、ここで初めて気付くことも多いです。

演出家の方々に“ミュージカルとは何か”ということを教えてもらった
――元吉さんは演出以外にも作詞や脚本など、多方面で活躍されていらっしゃいますね。
最近は本当に携わるジャンルが増えて、「目指せ大谷翔平」みたいな感じになってきています(笑)。とはいえ、僕の場合、ミュージカル作品から、原作ものまで幅広くやらせていただいているので、あまり意識しすぎないようにもしています。
実はもともとミュージカルオタクで、学生時代から宝塚などもずっと観ていたんです。専門的にミュージカルを習ったことはありませんが、演出助手として多くのミュージカル作品に関わる中で、演出家の方々に“ミュージカルとは何か”ということを教えていただきました。作品の音楽監督の方にも「この音、どうなっているんですか?」と質問して教えて頂いたりしました。
下地としては、俳優をやってた時代にミュージカル作品に出たこともあり。2年間ぐらい、アニーなどを手がけていた音楽監督の先生のもとでコールユーブンゲンなどを元にレッスンを受けたりもしていました。そうした経験が、抵抗なく取り組めている理由だと思います。
――脚本を書くようになったのは、何かきっかけがあったのでしょうか?
もともと劇団で脚本を書いていたのですが、演出をする立場で作品と向き合うと、「これは無理だろう」と思う脚本に出会うことがあるんです。構成を直したり、カットして尺を調整したりするうちに、「自分で書いたほうが早いな」と思うようになっていきました。脚本家としてお仕事を受けるようになった大きな転機はミュージカル『ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド』でした。
『ジョジョ』のオファーは、自分の劇団が上演したミュージカル作品をプロデューサーさんが観に来てくださったのがきっかけです。そのさらに前、とあるミュージカル作品の演出助手をしていた時に、その音楽監督の方から「劇団をやっているならミュージカルを書いてみてよ。僕が曲を書くから」と言われて、好きに書かせてもらったこともありました。その公演を東宝の方が観てくださり、すべてがつながって今があります。
――12月に上演されるミュージカル『十二国記 -月の影 影の海-』では脚本・歌詞を担当されますね。
もともと原作が大好きなので、とても光栄なお話でした。脚本家としての実績が少ない状態だったので驚いたのを覚えています。作品が作品ですし・・・!
同じ東宝作品の『ジョジョ』の脚本構成や作詞の進め方をプロデューサーさんが見てくださり、評価頂けたことがとてもうれしいです。これだけではなく、そうした自分の仕事を誰かが見てくださっている積み重ねが、今につながっていると感じています。
――山田和也さんが演出を務められると伺った時の心境はいかがでしたか?
もう大緊張でしたね。僕は作家としてのキャリアが特別豊富というわけではなく、これまで自分が書いた脚本は基本的に自分で演出する、という劇団スタイルが多かったんです。
ただ今回は、憧れの山田先生が演出をされるとのことで、最初の打ち合わせから身が引き締まる思いでした。台本を非常に機能的に読んでくださっていて、「この音楽は台本の中でどう機能しているのか」「この歌の役割をこちらにずらしたいから、このキャラクターは歌わなくてもいい」といった、演出的な視点から具体的な質問や提案をしてくださるんです。
こちらが「この意図で歌を重ね、ここでセリフに移行する構造です」と説明すると、「演技的な解釈としては、こちらの方が良いのでは」と助言いただくこともあり、そのたびに「なるほど、それなら歌わないですね」と軌道修正する。そうしたやり取りが本当に刺激的で、とても楽しい時間でした。
もちろん、僕自身も演出的な視点を持って脚本を書いてはいますが、山田先生のような大先輩の視点が加わると、腑に落ちる部分が本当に多いんです。一方で、こちらの意図も丁寧に受け止めてくださる。その積み重ねによって、有機的で密度の高い打ち合わせができていると感じます。
そして何より、「これをパクれば自分も演出が上手くなる」ということなので(笑)。なるほどと思う瞬間が多く、その一つひとつを吸収していけば、確実に自分の成長につながると実感しています。
――山田さんにとってもやりやすい部分がある、と言われるのはうれしいのでは?
とてもうれしいですし、そのような関係性でご一緒できることは本当に貴重な経験だと感じています。
でも逆を言うと、これまでに、ニール・サイモンやシェイクスピアなど、さまざまな作家の作品を演出してきましたが、その中で「作家が何を意図して書いたのか」を丁寧に読み解いていくと、劇の道筋がふっと見えてくる瞬間があるんです。
特に『裸足で散歩』を演出した時は、多くの学びがありました。最初は軽やかなコメディだと思っていたのですが、ちょうどキング牧師の“I Have a Dream”演説から100年という節目で、黒人差別の問題が再び大きく議論されていた時期だったんです。
その背景を踏まえて読み直すと、主役の夫婦、ポールとコリーの夫婦の言い分が、白人側と黒人側、それぞれの主張を象徴しているように見えてきました。『裸足で散歩』というタイトルも、キング牧師の言葉の流れを踏まえたモチーフなのだと腑に落ちて、夫婦の喧嘩のシーンにも意味が生まれていきました。
その視点を取り入れて演出すると、単なる言い争いではなく、思想のぶつかり合いとして成立するようになり、作品としての扱いやすさも増しました。劇中でデモの音を少し入れたりもしたのですが、「お客さんは気づかないだろうな、ふふ……」と楽しみながら作っていたのを覚えています。
――その体験が、原作ものを扱う際にも生きているのですね。
はい。作家が「なぜこの物語を書いたのか」を探ることで、脚本に落とし込む際の“意図”が自分の中で明確になります。単に物語をなぞるのではなく、記憶や思想といった軸を持ちながら書けるようになるので、そうした部分を評価していただいたのではないかと感じています。

現場では本当に多くのことを教えていただいた
――これまでの演出助手としての経験が、ご自身の演出に生かされたということはありますか?
とても大きいです。少し不思議な話なのですが、僕が演出助手の仕事を始めた頃、まだ“演出”として作品を手がけた経験がほとんどない段階から、なぜか演出家としてのオファーが来るようになったんです。演出助手しかやっていなかったにもかかわらず、です。
学生の若い子たちにもよく話すのですが、演出助手がある日突然クラスチェンジして演出家になる、という流れは基本的には存在しないと思っています。おそらく僕は、最初から“演出家”として見られていたからこそ、演出助手として仕事をしている姿を見て「この人は演出家なんだ、演出ということができるんだ」と認識していただけたのだと思います。だからこそ先輩方も、演出家の視点を持つ人間として受け入れてくださったのだと感じています。
そのおかげで、現場では本当に多くのことを教えていただきました。荻田(浩一)先生には飲み屋に連れて行っていただきながら、「この場面にはこういう意図がある」「このシーンはこういう狙いで作っているんだ」と、丁寧に話を聞かせていただきました。鈴木裕美さんからは「演出家を続けるなら、自分が信頼できる振付家を三人抱えなさい。振付はブレーンだから、価値観を共有できる人を大切にしなさい」とアドバイスもいただきました。
さらにスズカツ(鈴木勝秀)さんからは、「いい折りたたみ自転車を買いなさい」と言われたこともあります(笑)。演出家は意外と他の演出家と知り合う機会が少ないので、演出助手として誰かが隣にいてくれるだけで、さまざまな話ができるし視野も広がる、と言っていただいたこともありました。兄弟子でもある板垣(恭一)さんからは演劇という仕事のやり方を、師匠である鴻上(尚史)さんからは演劇をしていく生き方を学びました。
先輩方からいただいた教えの一つひとつが、いまの僕にとって大切な財産になっていて、演出に直接つながっていると実感しています。
――演出家同士の繋がりや交流されることもあるのでしょうか?
実は、演出家同士で食事に行くことはほとんどないんです。同じ事務所に先輩である末満(健一)さんもいますが、実際に会う機会は多くなくて。でも食事をご一緒させて頂いた時にたくさん演劇のお話をしてくださったことはとても心に残っています。幸せな時間でした。
――そんな中でも、先輩方から多くのことを学ばれてきたのですね。
本当にそうですね。僕は演出助手として長く現場に入らせていただき、さまざまな方に可愛がっていただきました。たとえば藤田俊太郎さんは、稽古後に「蜷川(幸雄)さんはいつもお弁当を買ってきてくださったんだよ」と思い出話をしながら、お弁当を買ってくださって。二人で並んでお弁当を食べながら演劇の話をする時間は、とても貴重で、今でも鮮明に覚えています。
今でも稽古場が近いと挨拶に来てくださることもあって、そうした交流のひとつひとつが自分の糧になっています。だからこそ、その系譜を自分の中で受け継ぎ、作品に少しでも反映していくことが、恩返しにつながるのではないかと感じています。
――そうした交流が、作品づくりの刺激にもなっているのですね。
はい、まさにそうだと思います。小川絵梨子さん、石丸さち子さんをはじめ、本当に多くの現場に入らせていただきましたし、さち子さんとはつい先日、ご飯に行って「最近どうよ」とかお話を交わしたばかりです。ありがたいことですし、どう恩返ししようか……そして、どうそんな先輩たちの競合相手として立ち振る舞うか(笑)。
とはいえ、本当に一生勉強だと思います。尊敬する先輩ほど常に学び続けていて、その姿を見ていると「負けていられない」と身が引き締まります。
取材・文・撮影:THEATER GIRL編集部
公演概要
ミュージカル『十二国記 -月の影 影の海-』
■原作:小野不由美『月の影 影の海 十二国記』(新潮文庫刊)
【キャスト】
◆ヨウコ(中嶋陽子):柚香 光
◆陽子(中嶋陽子):加藤梨里香
◆楽俊(らくしゅん):太田基裕・牧島 輝(Wキャスト)
◆蒼猿(あおざる):玉城裕規 ◆舒栄(じょえい):原田真絢 ◆延王(えんおう):章平
◆景麒(けいき):相葉裕樹
【スタッフ】
原作:小野不由美『月の影 影の海 十二国記』(新潮文庫刊)
脚本・歌詞:元吉庸泰
音楽:深澤恵梨香
演出:山田和也
振付:原田薫
デザイン・ディレクション:松井るみ
装置:平山正太郎
照明:髙見和義
音響:山本浩一
衣裳:中原幸子
ヘアメイク:宮内宏明
映像:横山 翼
アクション:渥美 博
キーボードコンダクター:長濱 司
歌唱指導:本田育代・吉田華奈
演出助手:末永陽一・國武逸郎
舞台監督:北條 孝・都倉宏一郎
舞台化企画:馬場千晃
アシスタントプロデューサー:柴原一公
プロデューサー:塚田淳一・村田晴子
スーパーヴァイザー:今村眞治
【東京公演】
2025年12月9日(火)~29日(月)
日生劇場
【福岡公演】
2026年1月6日(火)~11日(日)
博多座
【大阪公演】
2026年1月17日(土)~20日(火)
梅田芸術劇場 メインホール
【愛知公演】
2026年1月28日(水)~2月1日(日)
御園座
企画協力:新潮社
ビジュアル原案:山田章博
製作:東宝株式会社
作品公式HP https://www.tohostage.com/12kokuki/
新作ミュージカル『白爪草』
<公演スケジュール>
期間:2026年1月8日(木)~1月22日(木)
会場:SUPERNOVA KAWASAKI
<キャスト>
白椿 蒼:屋比久知奈
白椿 紅:唯月ふうか
※五十音順
【声の出演】
安蘭けい
<スタッフ>
原案:映画「白爪草」
音楽・歌詞:ヒグチアイ
脚本・歌詞原案:福田響志
演出:元吉庸泰
音楽監督:竹内 聡
編曲:齋藤優輝
美術:平山正太郎
映像:KENNY
照明:浜崎 亮
音響:山本浩一
衣裳:小田優士
ヘアメイク:水崎優里(MIG)
振付:塩野拓矢(梅棒)
稽古ピアノ:石川花蓮
舞台監督:松井啓悟
主催・企画制作:ホリプロ
公式HP:https://horipro-stage.jp/stage/sirotsumekusa2026/
公式X:https://x.com/siromusical
公式Instagram:https://www.instagram.com/sirotsumekusa.musical/
公式tiktok:https://www.tiktok.com/@sirotsumekusa.musical
