演出家・稲葉賀恵×木村達成インタビュー 『狂人なおもて往生をとぐ~昔、僕達は愛した~』「自然な表現が一瞬、狂気に見える瞬間を掴めたら」(前編)
2025年10月11日より東京・IMM THEATERにて、『狂人なおもて往生をとぐ~昔、僕達は愛した~』が上演されます。
挑発的、熱狂的でありながらも、美しい詩的なセリフが印象的な数多くの伝説的戯曲を生み出した劇作家・清水邦夫氏が、新しい世代の作家としての地位を確立した戯曲「狂人なおもて往生をとぐ~昔、僕達は愛した~」が、今最も注目を集める演出家・稲葉賀恵さんの演出で上演されます。
娼家の女主人のヒモで、逃れたくてもその優しさから逃れられずにいる主人公・出を演じるのは、ドラマ、ミュージカル、ストレートプレイと様々な分野で活躍する木村達成さん。
共演に、岡本玲さん、酒井大成さん、橘花梨さん、伊勢志摩さん、堀部圭亮さんと、確かな実力を持つ俳優陣が集結しました。
THEATER GIRLは、演出の稲葉賀恵さんと主演の木村達成さんにインタビュー。前編では、取材時が初対面となるお二人にそれぞれの印象や本作への思い、稲葉さんが木村さんに期待すること、木村さんの一年ぶりとなる舞台への思いなど、たっぷりとお聞きました。
作品を観ていると親近感が湧く
――お二人は本日が初対面とのことですが(取材時)、お会いする前はお互いどのような印象をお持ちでしたか。
木村:宮澤エマさんと共演していたときに、「達成くんとすごく合うと思うよ」とおっしゃっていたんです。実際にお会いしてあまり怖くない人でよかったなと安心しています(笑)。
――初対面とは思えないくらい、先ほども自然に会話をされていましたね。
稲葉:取材が初対面ということが結構あるので、まずは自然体で話せたらと思いますね。
木村:たしかに。出演作を観てくださっていると親近感が生まれて、会話もしやすくなります。
稲葉:何も知らないと、最初のきっかけが掴みにくいのですが、私は『セツアンの善人』を拝見していたので。「目力の強い方がいるな」と思ったのが最初の印象です。ナチュラルボーンな狂気を持っている人だなと。舞台を観ただけですが、「素直な方なんだろうな」とも思いました。初対面が取材というのはいつも照れくさいのですが、作品を観ていると親近感が湧きますね。
木村:ありがとうございます。
ーー実際にお会いして、その「ナチュラルボーンな狂気」という印象はそのままでしたか?
稲葉:まだ分からないですが、そのままな感じがしました。
木村:いやいや、まだ猫をかぶっていますよ(笑)。
稲葉:(笑)。そうかもしれませんけど、でも目がとても印象的というのは、実際にお会いしても変わらないですね。
木村:やる気がないときは、目で一発でバレちゃいますけどね(笑)。
稲葉:本当に、目が正直ですよね。すごく魅力的だと思います。

「これを舞台でやるのか」と思ったらワクワクした
――木村さんは、台本を読まれたときに、どのような印象を持たれましたか?
木村:正直に言うと、恥ずかしながら清水邦夫さんのことを存じ上げなかったんです。どんな方で、どんな作品を書かれているのかも全く知らない状態でした。ただ、『狂人なおもて往生をとぐ』というタイトルに強く惹かれて、「これは一体どんな物語なんだろう」と興味を持って読んでみたんです。すると、想像していた“狂気”とは少し違って、とてもリアリティのある狂人像が描かれていて驚きました。
それは僕が演じる役に限らず、家族がまとっている空気感や独特の世界観からも伝わってきて、読んでいてヒリヒリしましたね。6人芝居なのですが、家族がテーブルを囲んで流れるように会話を交わしていく展開がすごく面白くて。「これを舞台でやるのか」と思ったらワクワクしました。
――稲葉さんは、清水邦夫作品をこれまでも手がけていらっしゃいますが、この作品に対してどのような思いを抱かれたのでしょうか。
稲葉:以前、つかこうへいさんの作品を演出したときにも強く感じたのですが、強烈な作家性をまとった劇作家さんというのはいらっしゃいますよね。清水さんもまさにそのひとりで、「清水邦夫といえば」というあるイメージが強固にある作家だと思います。だからこそ、彼の作品を手がけるときはいつも緊張しますね。
もちろん同じ時代を生きてきたわけではないので、自分が共感できる部分そして、今の時代に共鳴できる部分を探しながら作品と向き合います。私はもともと“家族”を描いた作品が好きなのですが、とくにハートウォーミングではなく、引き裂かれた関係性や悲劇的な空気を帯びたものに惹かれることが多いんです。今回もまさにそうでした。
劇中にはネズミの話が出てきますが、それはアリ地獄のような場所でもがいて共鳴する人間たちの姿にも見えて。敗戦後、信じていたものをすべて失い、生きる価値を見失った人々が、どうにかして光を探そうとあがいている。その湿度や切迫感は、今の時代にもどこかで繰り返されている気がします。私自身も「居場所がない」と感じる瞬間があるので、そうした息苦しさを解放してくれる戯曲には強く惹かれます。「これは挑戦しなければ」と思いましたね。
どうせ壊れるなら“楽しく壊れたい”
――木村さんは「何度ぶっ壊れるか、楽しみ」とコメントされていましたが、本作ではどのような“壊れ”を体現しようとしていますか。
木村:舞台って、必ずどこかで“壊れる”瞬間があるんですよ。初日の幕が開く前、袖で「なんでこんなにキツいことをやっているんだろう」と毎回思うんですよ。それでも、気づけばまたこの場所に戻ってきてしまう。だから今回は「どうせ壊れるなら、“楽しく壊れたい”」と思っています。
僕が演じる「出」という役は決して楽な役ではないので、苦しさは絶対にあると思います。でも、その中で楽しさを見つけながら壊れていきたい。そして、自分で狙うのではなく、自然に滲み出る狂気を表現できたらと思っています。真面目に向き合うことでこそ生まれる面白さを大切にしたいですね。
――最近は舞台への出演が年1本ほどのペースになっていますね。
木村:舞台から距離を置いていたわけではなく、役者として成長するために必要な時間だったと思っています。久しぶりに観てくださる方が「パワーアップした」と感じるのか、「後退した」と思うのかはわかりません。でも、たとえ“マイナス”だったとしても、それはそれでいいと思うんです。
完璧な役者って、見ていて面白いと思ったことがないんです。むしろ、どこか欠けていたり、人間らしい危うさを持っていたりする方が魅力的だと思うので。そういう“色気”や“エロス”、ちょっと変態的な部分も、この期間でだいぶ養えたのではないかと感じています。

「少し危うさを持っている」俳優に惹かれる
――木村さんに対して、稲葉さんが特に期待していることは何でしょうか。
稲葉:私は昔から「俳優を観るのが好きでこの仕事をしているな」と思うんです。どういう俳優に惹かれるかと言われれば、少し危うさを持っている人ですね。完璧ではなく、どこか不安定で、予測がつかないところがある俳優って、とても色っぽいじゃないですか。
たとえるなら、ナイフを手にしているけれど決して振り下ろさない――そんな緊張感をまとっている人。舞台上でそういう“危険な香り”を放つ俳優を見ていると、本当に心を奪われます。木村さんにもその魅力を感じています。初めてご一緒しますが、「この方は型にはまらず、枠を飛び越えることをいとわない方なんだろうな」と。風通しのいい俳優さんだなという印象ですね。
――なるほど。
稲葉:この作品は、ただ型どおりに進めていくだけでは太刀打ちできない芝居だと思っています。演劇は、限られた稽古期間の中でどれだけ信頼関係を築けるかがとても大切。1カ月半くらいで仕上げるわけですが、その短い期間にお互いを信じ合って一緒に作品を作っていかないと成立しません。
私はドライに「各自でやりましょう」というふうにはできないタイプなんです。仲良くなりたいとかそういうことではなく、「みんながよくわからないままやる」ということができなくて。お互いが納得しながら、一緒に腑に落として深めていく作業を大事にしたいと思っています。
そういう意味で、木村さんとはきっとそうしたやりとりができるはずだと感じていますし、それが本当に楽しみです。
木村:こちらこそ、楽しみにしています。
取材・文:THEATER GIRL編集部
撮影:Jumpei Yamada
公演概要

『狂人なおもて往生をとぐ~昔、僕達は愛した~』
作: 清水邦夫
演出: 稲葉賀恵
出演: 木村達成 岡本玲 酒井大成 橘花梨 伊勢志摩 堀部圭亮
2025年10月11日(土)~18日(土)
東京・IMM THEATER
アフタートーク
10月12日(日)17:00開演終演後 登壇者:木村達成、酒井大成、稲葉賀恵(演出)
10月14日(火)18:00開演終演後 登壇者:木村達成、岡本玲、稲葉賀恵(演出)
公式サイト: https://www.kyoujin2025.com
公式X: @kyoujin2025
主催: 「狂人なおもて往生をとぐ」製作委員会
