演出家・稲葉賀恵×木村達成インタビュー『狂人なおもて往生をとぐ～昔、僕達は愛した～』「自然な表現が一瞬、狂気に見える瞬間を掴めたら」（後編）

2025.09.27

INTERVIEW

2025年10月11日より東京・IMM THEATERにて、『狂人なおもて往生をとぐ～昔、僕達は愛した～』が上演されます。

挑発的、熱狂的でありながらも、美しい詩的なセリフが印象的な数多くの伝説的戯曲を生み出した劇作家・清水邦夫氏が、新しい世代の作家としての地位を確立した戯曲「狂人なおもて往生をとぐ～昔、僕達は愛した～」が、今最も注目を集める演出家・稲葉賀恵さんの演出で上演されます。

娼家の女主人のヒモで、逃れたくてもその優しさから逃れられずにいる主人公・出を演じるのは、ドラマ、ミュージカル、ストレートプレイと様々な分野で活躍する木村達成さん。

共演に、岡本玲さん、酒井大成さん、橘花梨さん、伊勢志摩さん、堀部圭亮さんと、確かな実力を持つ俳優陣が集結しました。

THEATER GIRLは、演出の稲葉賀恵さんと主演の木村達成さんにインタビュー。後編では、本作の構成や空間づくりについて、本作で新たに挑戦したいことなど、お二人にたっぷりとうかがいました。

インタビュー前編はこちら

「居場所を持てない人間が最後にどこへ行き着くのか」という問いになる

――今回の清水邦夫作品の演出にあたり、特に現代性を意識した部分はどんなところでしょうか？

稲葉：現代性とは何か、最近よく考えるんです。直接の答えになるかわかりませんが、このタイトルにある「往生をとぐ」という言葉は、浄土真宗の親鸞の言葉ですよね。神様はどこにいるのか――清水さんもその問いを抱いていたのだと思います。実際、この戯曲を書いていた頃にご本人が「信仰があったわけではないけれど、居場所のない人たちの最後の砦として浄土を考えることはよくあった」と語っていたんです。

それが私にとっては大きな鍵になっています。現代に置き換えると「居場所を持てない人間が最後にどこへ行き着くのか」という問いになりますし、ブッダの教えに通じるものが、今もなお濃く残っていると感じます。世間のルールや枠組みから一度外れてしまうと、もう戻れない――そうしたせめぎ合いに苦しむ瞬間は、誰にでもありますよね。そうした感覚を覚えるかどうかが、私が作品を選ぶ際の大きな基準になっていると思います。

以前とは違う、より面白い考え方や感覚が自然に出てくるのでは

――木村さんは今回の舞台で、これまで演じてきた役との違いや、新たに挑戦してみたいことはありますか？

木村：力試しのような感覚があります。これまでの経験を踏まえつつ、舞台に立ったとき、どれだけ変わっているかを確かめたいんです。答え合わせをしに行くわけではありませんが、以前とは違う、より面白い考え方や感覚が自然に出てくるのではないかと思っています。

僕はあまり計算して動くタイプではなく、その場で感じたことを大切にしています。瞬間的に出てくるものこそが楽しいと思えるからです。なので、その楽しさに向かう嗅覚が育っているといいなと感じますね。

普段から、友人に誘われても「これは面白くなさそうだな」と思う場には絶対に行かないんです（笑）。そうやって嗅覚を養ってきたつもりなので、今回はセリフや動き、そして“何もない空間”の中で面白いスイートスポットを探したいです。そこに立つだけで面白く見える瞬間を見つけたい。そして自然な表現が一瞬、狂気に見える瞬間を掴めたらと思っています。

――今回は公演数も限られているので、貴重な機会になりそうですね。

木村：9回という数字はとてもいいなと思いました。だれることなく全力で臨める回数なので。もちろん、全公演をフルスロットルで走り抜ける人もいると思いますが、人間ですからいい意味で力が抜ける瞬間も必要だと思います。どうしても力が入ってしまう回数なので、それをどう抜くかが課題ですね。

若い頃の自分だったら、ただ全力で走り切ることだけを考えて、ものすごく一直線な“出”を演じていたと思います。でも今は、真っ直ぐさを持ちながらも自然体でいたい。そこに力の抜けた柔らかさを出せれば、自分の成長を実感できると思います。

――年齢を重ねた今だからこその演技ということでしょうか？

木村：そうですね。ただ、根本的な考え方はあまり変わっていません。1年前の僕も2年前の僕も、舞台上では常に“ひやひや”していたいタイプでした。安心安全を求めるよりも、舞台の上で未知の瞬間を味わいたい気持ちのほうが強い。もちろん、セリフをきちんと入れるなど、基本は完璧にした上で、あとは出たとこ勝負でいいと思っています。

例えば、稲葉さんから「こう演じてほしい」と言われたシーンで、全く違う演技をしてしまったとしても、それが新しい発見になることもあると思っています。共演者の皆さんとも、そうやってボールを投げ合いながら驚きのある舞台をつくりたい。すべての公演が濃密で、役者同士がサプライズを楽しんでいる姿が自然とお客様に伝わればと思います。逆に、お客様を置き去りにするくらいの勢いがあっても面白いかもしれません。

「マトリョーシカ的」に重層化した空間を想定している

――本作の演出上で重要視した構成や空間づくりについてもお伺いできますでしょうか。

稲葉：美術チームとはすでに何度も打ち合わせを重ねています。最初に私が出したキーワードは「マトリョーシカ」でした。閉ざされた空間の中で、劇中劇を通してさらに奥へ奥へと入り込んでいくような、入れ子構造の世界を描きたいと考えたんです。

舞台には具体的なものは一切なく、一つの強固な建造物だけにしたいと思っています。もう一つイメージしているのはコンクリートに固められたような世界観です。登場人物たちは、出が語る“ねずみ”の話のように、アリ地獄のような場所で出口を探しても見つからない──そんな閉ざされた状況に置かれている。マトリョーシカ的に重層化した空間を想定しています。

また、ビジュアル面では「黄色」をモチーフにしたいとも話しました。作中に「脳の中で黄色い泡がぶくぶく湧いている」といった表現が出てきたりもするので。今回の劇場（IMM THEATER）はとても広い空間ですが、美術を担当する山本貴愛さんとは「その広さの中でどうやって観客に“地獄を覗いているような感覚”を与えられるか」を何度も話し合っています。

さらに、この作品には“繰り返し”という大きなテーマがあります。一家心中を10回、11回、12回と繰り返すという「ごっこ遊び」です。芝居は始まったら必ず終わるものですが、それを何十回も繰り返す。そのループをどう空間で表現するか、いま試行錯誤を続けているところです。新しい空間を作るというより、むしろ“古跡”のような場所をイメージできないかと考えています。

――劇中では、ピンクの照明が印象的に出てきますね。

稲葉：そうなんです。今回はピンクの照明変化に大いに助けてもらおうと思っています。ただし、リアルな「ピンクドール」のような具体的な空間にするつもりはありません。

ピンクには性的なイメージもありますが、調べてみると浄土真宗の極楽浄土に咲く蓮の花もピンク色なんですよね。だからピンクは生々しく色っぽい一方で、幸せを感じさせる色でもある。その幸福感が強烈すぎて、逆に気持ち悪さや不穏さを孕んでいる──そんな解釈をしています。

今回の舞台空間は、観る方にとってソリッドで少し驚きがあり、不思議な感覚を味わえる場所になると思います。