斉藤由貴インタビュー ミュージカル『Once』 「舞台は、自分を試す場所」(後編)
2025年9月9日(火)より東京・日生劇場にて、ミュージカル『Once』が上演されます。
本作の原作は、2007年に公開されたアイルランド映画で、全米2館での公開から口コミで話題を呼び、140館まで拡大公開され、世界中で大ヒットを記録。代表曲「Falling Slowly」は、主人公とヒロインの繊細な心の揺れ動きを見事に表現した名曲で、第80回アカデミー賞最優秀歌曲賞を受賞。
その後、2011年12月にミュージカル版がニューヨーク・シアターワークショップで開幕。翌年2012年2月にはブロードウェイへ進出し、トニー賞11部門でノミネート、作品賞、演出賞、脚本賞、主演男優賞を含む8部門を受賞する快挙を成し遂げました。
日本でも来日公演、海外プロダクションによるコンサート版上演もされ、長年注目を集め続けている本作が、この度、初めて日本カンパニーにより日生劇場で上演されます。
演出を稲葉賀恵さんが務め、主人公のストリートミュージシャンである“ガイ”をミュージカル『モーツァルト!』での主演好演が記憶に新しい、京本大我さんが演じます。
共演には、ヒロインのチェコ移民“ガール”にsaraさん、“ガイ”の父親ダ役に鶴見辰吾さん、“ガール”の母親、バルシュカ役を斉藤由貴さんが務め、さらに、小柳友さん、上口耕平さん、こがけんさん、竪山隼太さん(Wキャスト)、榎木淳弥さん(Wキャスト)、佐藤貴史さん、土井ケイトさん、青山美郷さん、新井海人さんと実力派キャストが集結しました。
THEATER GIRLは、バルシュカ役の斉藤由貴さんにインタビュー。後編では、これまでの人生の中で転機となった巡り合いや、長く活動を続ける中で「原動力」となっているもの、本作への思いなどをうかがいました。
ジョン・ケアードさんとの出会いは「本当に大きな出来事」
――「音楽と人との巡り合い」が描かれている本作ですが、斉藤さんご自身のこれまでの人生の中で「良い循環が生まれた」と感じた出会いはありますか?
たくさんありますが、舞台に関して言うなら、『レ・ミゼラブル』の初演に出演したときのことが特に印象に残っています。ジョン・ケアードさんが演出をされていたのですが、昨年「帝国劇場アニバーサリーブック」の対談で久しぶりにお会いしたんです。
ジョンとの出会いは、私にとって本当に大きな出来事でした。それまで、演出家の方というのは「先生」というイメージが強くて、なるべく言われたことを素直に受け入れ、従うものだと思っていたのですが、ジョンはまったく違いました。「みんなで楽しく作品を作っていこうよ」といった、非常にフラットな姿勢で向き合ってくださって、階段の上に立つのではなく、同じフロアで並んで歩いてくれるような感覚がありました。
――とても開かれた関係性だったのですね。
はい。「今の良かったと思うけど、こういうふうにやってみるのも面白いかもしれないよ」とか、「どう思う?」といった風に、提案してくださるんです。その距離感が本当に絶妙で、私たちが自分で考えて表現を作っていくことを自然と促してくれるんですね。
こんなふうに演出してもらうと、役への気持ちもどんどん高まっていって、「舞台って、こんなに自由で楽しいものなんだ」と、心が解き放たれるような感覚がありました。あの出会いは、本当に大きな意味を持っていたと思います。
――初期にそういった方と巡り合えたことは、斉藤さんにとっての財産なのですね。
本当に大きかったですね。特に『レ・ミゼラブル』で私が演じたコゼットという役は、すごく難しい役だったので、自分の中で葛藤が多くて。俳優としてとても苦しんだ役でもありました。そんな中で、自分の悩みや迷いを受け止めて、守ってくれて、肯定してくれた存在として、ジョンは本当に大きな支えでした。

「自分のやっていることが好きだ」という気持ちが一番大きい
――今年は歌手デビュー40周年を迎えられましたが、長く活動を続けてこられる中で、原動力になっているものや、節目節目で自分を支えてきた活力のようなものはありますか?
これは歌に限らず、演技についても言えることですが、やっぱり根源的に「自分のやっていることが好きだ」という気持ちが一番大きいと思います。
歌うことや演じること、それを通して自分の頭の中にあるイメージを表現する――そういうことが純粋に好きなんです。誰でも、自分の中に生まれてきた想いや考えを外に出してみたいという気持ちは持っていると思うのですが、私にとってそれが「歌」や「演技」という形で表現できることが、揺るぎない喜びになっているのだと思います。
そのぶれない気持ちが、ずっと自分を動かし続けてくれているのだと感じます。本当に歌いたい、演じたいという想いを、自分なりのやり方で表現したい――そんな思いがずっと変わらずにありました。
それともう一つ、説明がつかないくらい「運が良かった」というのもあります。いろいろな素晴らしい出会いに恵まれたり、チャンスをいただけたりしたので、ここまで続けてこられたんだと思います。振り返ると、「本当に運が良かったな」と感じますね。

――20年、30年と続けてこられると、途中で道を逸れたり、気持ちが揺らいだりすることもありましたか?
歌に関しては、一時期少し離れていた時期もありました。もともと私はアイドル歌手としてスタートしたので、年齢を重ねるとどうしても「もうアイドルとしては歌えない」という意識も出てきてしまったので。
それに、子どもを出産した時期とも重なっていたので、自然と歌から離れていた部分もあります。でも、不思議と、アイドル時代に歌っていた歌でも、年齢を重ねた今のほうが、すっと歌えるようになった部分があるんです。
それはきっと、若い頃に応援してくださっていた方々が、年月を経ても変わらずに聴いてくださったり、青春時代の思い出として私の歌を求めてくださったりするからかもしれません。そういった気持ちに支えられている部分も大きいですし、年齢なりの歌い方や表現方法を自分なりに見つけることができたのかもしれないです。
――ご自身の歩みとともに、歌も変化してきたのですね。
はい。そんなふうに、自分の中で少しずつ形を変えながら、でもずっと歌や演技を続けてこられたのは、本当にありがたいことだと思っています。

部屋でひとり黙々と文章を書いているほうが性に合っていた
――斉藤さんは、ミュージカルで作詞をされたりと、クリエイティブな部分にも関わっていらっしゃる印象があります。実際に表現するだけでなく、創作の面もさらに広げていきたいとお考えですか?
ミュージカル『ローマの休日』と『十二夜』という作品で作詞を担当させていただきました。もともと私は小さい頃から、物を書くことがとても好きだったんです。どちらかといえば、人前に出るよりも、部屋でひとり黙々と文章を書いているほうが性に合っていたので。
このお仕事をするようになって、思いがけず表に出る機会が増えましたが、それでもずっと文章を書くことは続けていました。ですから、「作詞をしてみませんか」と声をかけていただいたときは、ものすごく腑に落ちたんです。「ああ、自分にはこういう役割もあるのか」と思いましたし、「自分ができることがあった」と感じられて、すごくうれしかったです。
――表に出るだけでなく、内面から表現する力がようやく形になったような感覚だったのですね。
そうですね。絵もそうですが、文章を書くこと、詩を書くこと、小説を書くことなどは、これまでもずっと続けていました。だから、そうした活動が表に出てきたのは、ごく自然な流れだったように思います。
――最後に、本作を楽しみにされている皆さまにメッセージをお願いいたします。
観に来てくださる皆さまには、まずはこの作品に登場する素晴らしい楽曲の魅力、そしてそれを歌う出演者たちの表現力を存分に味わっていただきたいです。そういった魅力がしっかりと伝わるような作品にできたらと思っているので、どうぞ楽しみにしていてください。

取材・文:THEATER GIRL編集部
撮影:野田涼
公演概要
ミュージカル『Once』
公演詳細:
2025年9月9日(火)~9月28日(日) 東京 日生劇場
2025年10月4日(土)~10月5日(日) 愛知 御園座
2025年10月11日(土)~10月14日(火) 大阪 梅田芸術劇場メインホール
2025年10月20日(月)~10月26日(日) 福岡 博多座
キャスト:
ガイ:京本大我
ガール:sara
ビリー:小柳 友
エイモン:上口耕平
シュヴェッツ:こがけん
アンドレ:竪山隼太/榎木淳弥 (Wキャスト)
バンク・マネージャー:佐藤貴史
レザ:土井ケイト
元カノ:青山美郷
MC:新井海人
ダ:鶴見辰吾
バルシュカ:斉藤由貴
スタッフ:
脚本:エンダ・ウォルシュ
音楽・歌詞:グレン・ハンサード/ マルケタ・イルグロヴァ
原作:ジョン・カーニー (映画「ONCE ダブリンの街角で」脚本・監督)
翻訳・訳詞:一川 華
演出:稲葉賀恵
音楽監督:古川 麦
ステージング:小野寺修二
美術:乘峯雅寛
照明:松本大介
音響:けんのき敦
衣裳:中原幸子
ヘアメイク:谷口ユリエ
歌唱指導:長谷川 開
音楽監督補:中村大史
稽古ピアノ: 杉田未央/西 寿菜
演出助手:田丸一宏
舞台監督:和田健汰
公式ホームページ:https://www.tohostage.com/once/
