平埜生成インタビュー 『蟲』「ぜひ“誰かと一緒に”観てほしい作品です」(前編)
2025年10月17日(金)よりシネマート新宿、池袋シネマ・ ロサほかにて、映画『蟲』が公開されます。
本格推理小説や怪奇・幻想小説の祖として後世に名を残した作家・江戸川乱歩が2025年7月28日で没後60年を迎え、この度、江戸川乱歩没後60周年記念作品『RAMPO WORLD』と題して乱歩の作品を原案に設定を現代に変え、オリジナル解釈を加えた「3つのグノシエンヌ」、「蟲」、「白昼夢」が 公開されます。
『蟲』は、原案は 1929 年に雑誌「改造」にて発表された中編小説の「蟲」。対人恐怖症の青年が初恋の相手に再会し初恋を再熱させ愛憎劇へと展開していく、人間の深い闇が猟奇的かつ幻想的に描かれ数多い乱歩作品の中でも問題作と言われている作品です。
主演を務めるのは、本作が映画初主演となる平埜生成さん。舞台、ドラマ、映画など多くの作品に出演し、2020年12月に、こまつ座「私はだれでしょう」に出演し「十三夜会 令和二年十二月 月間賞助演賞」を受賞。さらに、NHK 連続テレビ小説『虎に翼』で主人公・寅子の同僚・汐見圭役を演じ話題を呼びました。
THEATER GIRLは、平埜生成さんにインタビュー。前編では、本作で映画初主演を務められた心境や役作りについて、作品の魅力や撮影時のエピソードなど、たっぷりとお話をうかがいました。
「作品を背負うような役をやりたい」という思いがあった
――本作が、映画初主演になるとのことですが、改めて主演を務められた心境はいかがでしたか。
子供みたいな感想ですが、素直にうれしかったです。オーディションで決まったのですが、年齢的にも「作品を背負うような役をやりたい」という思いがあったので、その中で主演を任せていただけたことは本当にありがたかったですね。
同時に「これは大変なことだな」という責任も感じました。撮影前はプレッシャーで毎日のように悪夢を見て、普通に生活しているだけでもどんどん痩せていくような状態でした。「どう演じればいいんだろう」という思いが一番強く、原作を何度も読み返し、映画で変わった設定や新しい登場人物についても考え続けていたら、気持ちがどんよりしてしまいました。

――その難しい役を、どのように自分の中に落とし込んでいったのでしょうか。
ずっと考えていたのは、「なぜこの人は、愛している女性を殺してしまったのか」ということでした。現場でも監督と何度もディスカッションを重ねる中で、一つ気づいたのは、僕自身が“奇人”と呼ばれるような人たちを、自分とはまったく別の存在として見ていたということです。
ニュースで殺人事件などを見ても、「自分にはありえない」と思っていました。でも、“その一線”って本当にあるのかなと考えるようになって。怒りや憎しみで一瞬にして超えてしまうのではなく、実は誰の中にもその可能性があるんじゃないか――そう思うようになったとき、少し役に寄り添えるようになったんです。
それまでは他人事のように感じていたものが、「もしかしたら自分にもその可能性があるかもしれない」と考えられるようになってから、少し心が楽になりました。どこかで「この人は病気だから」「特別だから」とラベル分けして、自分とは違う世界の人間だと思い込んでいた部分があったんだと思います。でも実際は、誰の中にもそうした要素は潜んでいる。ニュースを見るときも、どこか“自分事”のように感じるようになりましたね。
――なるほど。その意識の変化が、演技にも影響を与えたのですね。
そう思います。俳優という仕事も、外から見たら「よくそんな仕事できるね」と言われるような世界だと思うんです。だからこそ、何事も“別の世界のこと”として線を引かずに考えるようにしました。

――監督とは現場でいろいろと話し合われたのでしょうか。
作品に入る前から「この台詞の意図は何だろう」とか、「彼の主張が少し支離滅裂に聞こえるけれど、他のキャストはどう感じているんだろう」といった話をよくしていました。監督からは「自分が伝えたい思いさえブレなければ、台詞を変えてもいい」と言っていただいたりと、そういうディスカッションを重ねていました。
とても俳優を信頼してくださる監督で、その信頼に応えたいという気持ちが、演じる上でも大きな支えになりました。

――撮影の際に、平埜さんなりのエッセンスを加えたり、少し変えられたりしたこともあるのでしょうか?
普段はあまりそういうことはしないのですが、今回は乱歩の原作をどこまで自分の中に取り込むか、ということは意識していました。映画化するにあたって、乱歩の世界観をそのまま再現するのは難しく、現代的な要素やAIといった設定も加わっているので、演技の面で少しでも“乱歩らしさ”を出せないかと考えていました。
――演技で“乱歩のエッセンス”を表現されたということですね。
自己満足かもしれませんが、監督に何か言われたらカットすればいいや、くらいの気持ちでやっていました(笑)。でも、それを伝えようという訳ではないのですが。もちろん、台本に書かれていることがすべてですが、書かれていない部分もたくさんあるので、そういった部分は原作を参考にしながら、自分なりに埋めていきました。

この作品はまさに“愛の物語”
――コメントで「究極のラブ・ストーリー」とおっしゃっていましたが、本作の魅力はどんなところにあると思いますか?
やっぱり「人を愛する」という感情は、時代を問わず誰もが共感できるものだと思います。僕は、この作品はまさに“愛の物語”だと感じていて。
平波監督は本当に映画への愛が深い方で、僕が演じる柾木の家の小道具には、VHSや映画関連のアイテムがたくさん並んでいるのですが、あれはすべて監督の私物なんですよ。監督が好きな映画、観てきた作品がそのまま部屋に並んでいて、編集の中にも、過去の映画へのオマージュを感じるカットがいくつもあります。
だからこの作品には、人間同士の愛だけでなく、“映画にかける愛”も詰まっていると感じました。ただ、その裏には愛ゆえの歪みや嫉妬のような“変態性”も潜んでいる。愛が大きければ大きいほど、その裏側にあるものも大きくなる。そうした人間の複雑な感情が、この映画にはしっかりと映し出されていると思います。

撮影初日はいきなりの“衝撃シーン”から
――撮影期間について「のぼせるほどアツい撮影でした」とコメントされていましたが、特に印象に残っているエピソードはありますか?
めちゃくちゃありますね(笑)。まず、撮影初日がいきなり濡れ場のシーンだったんです。本当に“初めまして”の状態からそのシーンを撮ることになっていたので、現場にはものすごい緊張感が漂っていました。
僕は“観察者”のような役どころで、その行為を見つめる立場だったのですが、あまりにも衝撃的で……。撮影スケジュールの都合でそのシーンから始めることになったと思うのですが、いきなりトップギアから始まった感じでした。自分にとってもまったく新しい体験でした。
シーンを撮り終わった後に、遠くから監督が「すごく良かった」と、少しクスクスしながら見ていて。「この初日を終えて、いけると思いました」とおっしゃってくださったんです。そこから現場の空気が一気に熱を帯びて、キャスト全員の覚悟が固まった瞬間でもありました。撮影自体は一週間くらいだったのですが、そうとは思えないくらい濃密な時間でした。

取材・文:THEATER GIRL編集部
撮影:遥南 碧
作品情報
<INTRODUCTION>
本格推理小説や怪奇・幻想小説の祖として後世に名を残した作家・江戸川乱歩。数々の推理小説を世に送り出す一方で、 「人間椅子」「鏡地獄」など、怪奇、妄想、フェティシズム、狂気を滲ませた変格ものと称される作品も多く執筆している。今 年没後60年を迎える江戸川乱歩の3作品を、「RAMPO WORLD」と題して長編映画化。晩秋の夜に、妖しくも美しい 乱歩の世界へと誘う―。
『蟲』
10月17日(金) シネマート新宿、池袋シネマ・ロサ他ロードショー
監督・脚本:平波亘
出演:平埜生成 佐藤里菜 木口健太 北原帆夏 / 山田キヌヲ
細川佳央 橋野純平 中山求一郎
原案:「蟲」江戸川乱歩
公式サイト:mushi-movie.com
公式X:@BungoNtr
©2025「蟲」パートナーズ
