成河インタビュー ミュージカル『ライオン』 「あきれるくらいのチャレンジです」(前編)
2024年12月19日より品川プリンスホテル クラブeXにて、ミュージカル『ライオン』が上演されます。本作は、ニューヨーク・ドラマ・デスク・アワード最優秀ソロパフォーマンス賞、ロンドン・オフ・ウエストエンドの最優秀ニューミュージカル賞を受賞した、ベンジャミン・ショイヤーの自伝的ミュージカルです。英米ツアーでの上演回数は500回以上にのぼる、ひとりの人生の実話を描いた感動の一人芝居ミュージカル。日本初演となる今回は、日英Wキャストでの上演となります。
来日版(日本語字幕付)で主演を務めるのは、本作初のリバイバルでベン役に抜擢され、高度なギターの演奏技術と繊細な表現力で絶賛を浴びたマックス・アレクサンダー・テイラーさん。そして日本版では、近年あらゆる舞台作品で幅広い役柄を自由自在に演じ、高い演技力と豊かな歌唱力で観客を魅了する実力派俳優・成河さんが、全曲ギター弾き語りのミュージカルで才能を遺憾なく発揮します。さらに、宮野つくりさんとタッグを組み翻訳・訳詞にも初挑戦します。
THEATER GIRLは成河さんにインタビュー。前編では、本作に挑む“難しさ”や「当事者演劇」などについて語っていただきました。(インタビューは10月におこなわれました)
負荷をかけられることは「とてもありがたいこと」
――本作は、一人の人生を描いた“一人芝居ミュージカル”となっていますが、どんな部分に魅力を感じて「出演したい」と思われたのでしょうか。
この作品は、どうラベリングしていいのか分からないですよね(笑)。一人芝居、弾き語り、ミュージカル、どれもしっくりこなくて……。でも、僕はジャンル分けできないものに惹かれる人間なんです。「ジャンルで説明できることはやってもつまらない」とどこかで思ってしまうところが本心としてずっとあるので。大きな枠で見るとどストレートな演劇にはなるのですが、なかなか見たことのないスタイルだなと。極めて高い専門的なギターの技術と極めて高い一人語り・一人芝居の技術の両方が求められますし、その二つが不可欠な作品という印象です。
年齢も関係しているのかもしれませんが、自分に負荷をかけることが年々難しくなっていると感じています。仕事の中で自分に負荷をかけていく、というか……。チャレンジする機会がどんどん減っている気がしていて。なので、今回このようなチャレンジができて幸せです。負荷の大きさは、仕事をやっていて欠かせないものなんだと、この歳になって思います。
――様々な経験を積まれているからこそ、“チャレンジする”機会が減っているのかもしれませんね。
今回は、自分でもあきれるくらいのチャレンジです。綿密にスケジュールを立てて、山のような課題を一つずつクリアして、かなり順調ではありますが、「なんてばかばかしいチャレンジをしているんだ。できないかもしれないぞ」とも気づきました。
今の社会における“チャレンジ”は安全圏内ですることが多いので、どうなるか分からないくらいの負荷をかけられることは、とてもありがたいことです。それが、この作品に「出演する」ことの理由であり、大きな意味だと思っています。
――難しいチャレンジではありながらも、準備としては「順調」とのお言葉がありました。
スケジュールは順調ですけど、心は順調じゃないです(笑)。
――やはり、難易度の高い楽曲をギターで20曲以上も弾き語りするとなると、なかなか簡単にはいかないかと思います。
今から話すことを、ぜひ記事に書いていただきたいのですが……。“弾き語り”ではないんです。まったく違うわけではないのですが、ギターソロがあるのでいわゆる“弾き語り”とは次元が違ってくるんです。ギターの演奏だけの時間も多いので、ギターの演奏をちゃんと聴かせられないと話にならないと思っています。ギターは伴奏ではなく、ギターの演奏そのものがメインになっているところが何箇所かある、シンガーソングライターのギタリストによる自分語りの演目です。そこが大きなハードルになっています。僕が弱音を吐いて「もっとコードだけの簡単なものにさせてください」という選択肢もあったのかもしれません。でも「せっかくだから」と思って、スケジュールを立てて今までやってきました。
5本のギターを使って演奏
――出演が決まった際には「高いハードルが山のようにある」とコメントもされていました。
そうですね。“山”はだいぶ越えたのですが、なんというか……。そもそも違う“国”だったみたいな。“山”じゃなくて“海”だったみたいなことがあって、まだまだ未知なることがたくさん襲いかかってくる予感がして、ワクワクしています。
――ギタリストの方でも難しいとお聞きしています。
そうだと伺っています。本職のミュージシャンの方がサラッとやってのけることでも、その難しさは見るだけでは分からないですからね。僕は今回、実際にやってみて初めて「とんでもないことだな」と分かりました。『ライオン』日本版ギター演奏指導・監修のyas nakajimaさんから「これは自分たち(プロのギタリスト)ですら簡単には引き受けないレベルの楽曲です。何日か練習してできるようなものではないくらい難易度が高い。成河さん、よく引き受けましたね」と言われました。だから普通の人が弾き語りと聞いた時にイメージするものではないですね。
――難しさについて、具体的に聞いてもよいでしょうか。
5本のギターを使って演奏するのですが、チューニングが全部違うんです。劇中にいろんな曲調がある中でも軸になる曲調はカントリーチックなものになります。「ドロップC」という非常に珍しいチューニングがあって、「DADGAD(ダドガド)」と言われる有名なDのチューニングもあるんです。Cのチューニング、Dのチューニング、ノーマルチューニングと全部違うので簡単にギターを変えることはできません。気分で持ち替えているわけではないんです(笑)。
――本作はベンジャミン・ショイヤーさんの自伝的ミュージカルになります。幼少期から大人になるまでの演じ分けという点で意識することはあるのでしょうか。
自伝的というか、当事者演劇というものですね。でも、演じ分けなどの作為はしないですし、しない方がいいと思っています。それをしてしまうと、作品性を損ねるので。大事なのは、75分を通しての一つのストーリーテリングだということだと思っています。ベンが過去に付き合っていた女性、お母さんやお父さんや弟も出てくるし、セリフもあります。でも、過度な装飾はしないです。
ベンジャミンが当事者演劇として一人で語り継いできたものを、マックスで一般的な演劇にしようとしたということなので。演劇にもいろんな技術がありますが、装飾をしすぎないように細心の注意を払われてきたんだと思います。それは、きちんと本質を伝えるためで、芸や装飾ではないんです。ギターにしても芝居にしても、高いレベルで必要とされる技術を見せびらかさない75分間になっています。でも、そこまでたどり着くのが大変で……。それができているマックスはとんでもないですね(笑)。
――マックスさんはさらっとやっているように見えるのですね。
全部、さらっとしています。演奏も芝居も。そこで「ベンジャミンの人生が何だったのか」だけがきちんと見えて、10歳から30歳までの間の思考の変遷を見ていくことができる。
英語のテキストにしていく段階でいろんなドラマターグの人と話し合っているので構成もうまくできているのですが、本当に起きていたことでも没入しすぎないギリギリのところでお客さんを楽しませられるようになっています。
不幸なこともたくさん起こってどん底に浸っている状態がリアルなのですが、これがイギリス人の考えるユーモアであって、笑えるものになるんです。日本だと「不幸のどん底にいて嗚咽していてくれないと、不幸だと分からないから説明して」ということになりがちなんですが、イギリスで作った演劇なので、本質がちゃんと伝わってくる上品な作品になっています。これ、伝わっているかな……? 説明するよりも観てもらったほうが分かっていただけると思います!
取材・文:THEATER GIRL編集部
撮影:岩田えり
公演概要
ミュージカル『ライオン』
出演:ベン役(Wキャスト):来日版(日本語字幕付)=マックス・アレクサンダー・テイラー 日本版=成河
脚本・作曲・作詞:ベンジャミン・ショイヤー
演出:アレックス・ステンハウス、ショーン・ダニエルズ
翻訳・訳詞:宮野つくり、成河
公演期間/会場:2024年12月19日(木)‐12月23日(月)品川プリンスホテル クラブeX
お問合せ:梅田芸術劇場(10:00~18:00)〔東京〕0570-077-039
企画・制作・主催:梅田芸術劇場
公演HP:https://www.umegei.com/thelion2024/
公演X(旧Twitter):@thelion_2024