4年の歳月を経て、キャストが再び集結。ミュージカル『イリュージョニスト』稽古場レポート!
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2025年3月から4月にかけて、東京・大阪にて、ミュージカル『イリュージョニスト』が上演される。
原作は、ピューリッツァー賞を受賞した作家、スティーヴン・ミルハウザーによる短編小説『Eisenheim the Illusionist(幻影師、アイゼンハイム)』。2006年にはエドワード・ノートン主演にて映画化され(2008年日本公開)、ウィーンを舞台に、天才幻影師と公爵令嬢の禁断の愛、傾国の危機が迫るオーストリア皇太子の苦悩、嘘と真実に翻弄される人間模様を、巧みなストーリー展開と華麗なトリックで描き話題となった。
この作品を、世界初演となる新作オリジナルミュージカルとして2021年1月に開幕を予定していたが、新型コロナウイルス感染症の影響を受け、演出内容を変更してのコンサートバージョンでの上演となった。当時、日本のみならず、世界中の舞台芸術業界が危機的状況の中、イギリス、アメリカ、そして日本のクリエイティブスタッフが一丸となり創り上げたコンサートバージョンは、パンデミックの終息とフルバージョン上演への願いと共に、幕を閉じた。そして、4年の歳月を経て、遂に再始動する。
今回は、稽古場レポートをお届けする。
主役の幻影師(イリュージョニスト)アイゼンハイム役を海宝直人、皇太子レオポルド役に成河、公爵令嬢ソフィ役に愛希れいか、ウール警部役に栗原英雄、そして興行主ジーガ役を濱田めぐみと、2021年のコンサートバージョンと同じキャストが顔を揃える。
またスタッフは、脚本にピーター・ドゥシャン、音楽は若手作曲家マイケル・ブルース、そして演出には、ミュージカル『タイタニック』、『グランドホテル』、『パジャマゲーム』等、日本でも定評のあるトム・サザーランドと世界で活躍する演劇界の実力派スタッフが引き続き担当する。
稽古場の横の控え室にある舞台模型の前では、演出のトム・サザーランドがスタッフと共に打ち合わせをしていた。日本キャストが歌う音源を流しながら、模型のセットを触りながら、熱を帯びた議論を展開している。サザーランドがメロディを口ずさみはじめると(なかなかの大音量である)、傍にいたスタッフから、「歌詞の訳詞を持ってきて」と声があがった。ひとつひとつ日本語版訳詞と照らし合わせながら、舞台を構築しているのだろう。遠目で見ていたので細部までは聞き取れなかったが、議論はどんどん熱気を増していった。
サザーランドのこだわりは強く、「より良きものを作るために、作っては壊すを繰り返している。ドキドキしながらも贅沢な時間を過ごしています」と、アイゼンハイム役の海宝直人は語る。「“よくやる風”の舞台をやりたくない人なんですよ(笑)。朝からお昼すぎまで作ったものを午後には全部壊すことがあるほど」とハプスブルク帝国の皇太子レオポルド役の成河。これを受け、アイゼンハイムの育ての親でもある興行主ジーガを演じる濱田めぐみは、「演出がどんどん変わっていっても、みなさんすぐ対応するんです(笑)。みんなで意見を出し合いながら作品を作っています」。かつてアイゼンハイムと恋心を寄せ合い、現在は皇太子の婚約者であるソフィ役、愛希れいかは「その状況を楽しんでいます、というか楽しんでいないといられません(笑)。ものすごく緻密に細かく作っていて、演じるたびに考えさせられます。4年前、悔しい思いをした分、思いも強いです。今回のフルバージョン、ぜひ劇場で観ていただきたいです」と話す。
この日の稽古は、オープニングの「真実」からスタート。19世紀末という時代を体現するように退廃的なマイケル・ブルースによる楽曲が、「自分が信じる真実は、違う側面から見たら嘘かもしれない」というテーマを持つ同作の作品世界へといざなう。
歌いだしは、ストーリーテラー的役割も担うウール警部(栗原英雄)。「真実など陽炎。人は信じる、手にしたものを。だがすべてはかない幻だ」と含みを持って歌い上げる、「最初からテーマを突き付ける、ネタバレともいえる楽曲」(栗原)だ。スタッフや俳優がスタンバイすると、稽古場の雰囲気が一変したのが印象的だった。
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その栗原のソロを、濱田演じるジーガが引き取る。M2「嘘の世界で」は、ジーガのショウのシーン。曲調も一気に変わり、濱田は、両脇に踊り子や曲芸師たちを従え、一座を率いて、踊り、歌う。マイクなしの生声、稽古場でも濱田のパワフルな声と存在感は圧巻だ。共演者によると、濱田はカンパニーで1、2を争う努力家。気づけば、コソ練をしているらしい。
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続いてはМ3の「完璧なトリック」。10年間、面影を追い続けてきたソフィが客席にいることを知ったアイゼンハイムが自身の動揺を鎮めるように、そして、ソフィを思い出して歌う、物語が動き出すきっかけとなる重要な楽曲だ。不協和音や半音階、また素人にはなかなか予想できない転調を「これでもか!」と繰り広げるブルースの真骨頂ともいえる楽曲を、海宝はのびやかな声で歌い上げる。高音のロングトーンは聴く者の心に突き刺さる。コンサート版では、その後も重要なシーンで、この曲のメロディが使われていたと記憶しているが、今回のフルバージョンではいかに?
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М6「サヨナラはもう」は、もう二度と別れの痛みは耐えられない、本当の自分を殺してアイゼンハイムへの思い出を断ち切ろうと決意するソフィによるソロ。ソフィの意思の強さを感じさせる印象に残るバラードだ。愛希は、「この作品は、ほんとうに一曲一曲が大曲で、毎回、感動するし、心が揺さぶられます。セリフや歌詞で語られていない部分も大切に演じたいですね」と思いを語る。ちなみに栗原は、愛希について、「負けず嫌いなところがソフィにぴったり」と話していた。フルバージョンで、愛希が難役であるソフィをどう演じるか、注目したい。
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М8の「全ては解明できる」は、宮廷でアイゼンハイムが出し物を披露する前に、皇太子レオポルドが歌う、アイゼンハイムへの敵意丸出しのソロ。冷たい笑いにゾクゾクする。音楽的な面白さはもちろん、成河の卓越した演技力が実感できる一曲だ。
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それぞれのキャラクターのモチーフになる楽曲の披露に、作品への期待がますます高まる。ひとつのシーンが終わるごとに、スタッフ、キャストが、拍手喝采を送っており、稽古場の和気あいあいとした雰囲気が伝わってきた。栗原は、今回の稽古場を「役者の意見も取り入れてくれる開かれた稽古場」と語っていたが、さまざまな場面でその空気感を感じた。余談になるが、栗原は毎日、稽古場に差し入れをしているそうだ。「年を取ると余計なことを言ってしまいがち。口を出すより金(食べ物)を出せとモットーとしています(笑)。みんなの笑顔も見ることができますし!」と栗原。すっかりカンパニーの胃袋をつかんでいる。
そして、この日、出演者たちは口々に、サザーランドの演出について、興味深いエピソードを教えてくれた。「トムは空間を生かすことに長けた人。アイデアがすごい」(成河)、「普通の芝居や演出だと『つまらない』といって作り直すんです(笑)」(濱田)──。初日から1か月前の段階で、すでにステージングはできているように思えたが、きっとこれからも日々、変化していくのだろう。3月11日の世界初演、成河が「究極のエンタメの作り方を追求していきます」と力を込める『イリュージョニスト』は、さらなる進化を遂げているはずだ。「この作品を見終わった時、お客さまがどういう気持ちで着地するか楽しみです」という海宝の言葉を、私たちはどんな風に受け止めることになるのだろうか。
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取材・文:長谷川あや
撮影:岡 千里
稽古場映像
稽古場座談会
公演概要
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ミュージカル『イリュージョニスト』
【東京公演】
2025年3月11日(火)~3月29日(土) 日生劇場
【大阪公演】
2025年4月8日(火)~4月20日(日) 梅田芸術劇場メインホール
出演:
イリュージョニスト・アイゼンハイム ・・・ 海宝直人
皇太子・レオポルド ・・・ 成河
公爵令嬢・ソフィ ・・・ 愛希れいか
警部・ウール ・・・ 栗原英雄
興行主・ジーガ ・・・ 濱田めぐみ
池谷祐子 井上花菜 今村洋一 植木達也 岡本華奈 伽藍琳 柴野瞭
仙名立宗 常川藍里 東間一貴 藤田宏樹 湊陽奈 安福毅 柳本奈都子
<スウィング>晴音アキ 松谷嵐
脚本: ピーター・ドゥシャン
作詞・作曲: マイケル・ブルース
原作: ヤーリ・フィルム・グループ制作映画「幻影師アイゼンハイム」
スティーヴン・ミルハウザー作「幻影師、アイゼンハイム」
演出: トム・サザーランド
【企画・制作】 梅田芸術劇場
【主催】 梅田芸術劇場・アミューズ・ABCテレビ(大阪)
公式HP:http://illusionist-musical.jp/
公式X:@M_T_Illusionist