岡本圭人インタビュー 『飛び立つ前に』「空白を残しているからこそ、“新しい演劇体験”ができるのでは」(前編)
2025年11月23日より東京芸術劇場 シアターイーストを皮切りに、『飛び立つ前に』が上演されます。
フランスの小説家・劇作家フロリアン・ゼレールの家族をテーマにした三部作――『Le Père父』(2019年)、『Le Fils 息子』(2021年/2024年)、『La Mère 母』(2024年)は、日本でも上演され、観客・批評家の双方から高い評価を受けています。
本作『飛び立つ前に(Avant de s’envoler)』は、『Le Père 父』にも主演したフランス演劇界の名優ロベール・イルシュのためにゼレール氏が書き下ろした作品であり、彼が91歳で出演した最後の舞台。日本では、今回が待望の初上演となります。
物語の中心となる著名な作家・アンドレ役に2019年に上演された『Le Père 父』で認知症の父役を演じ、菊田一夫演劇賞、読売演劇大賞・最優秀男優賞を受賞した橋爪 功さん。その妻・マドレーヌ役に『Le Père 父』で読売演劇大賞・優秀女優賞を受賞し、『Le Fils 息子』『La Mère 母』でも高い評価を得た若村麻由美さん、『Le Fils 息子』で初舞台を踏み、『Le Fils 息子』再演時には『La Mère 母』の出演と合わせて第59回紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞した岡本圭人さんが出演。
さらに映画・ドラマ・舞台と幅広く活躍し透明感ある演技が印象的な奥貫 薫さんと、近年では映画・ドラマだけに留まらず舞台での活躍も目覚ましい前田敦子さんがそれぞれ娘役を、元宝塚男役トップスターで現在は舞台中心に出演し重厚な演技で魅了する剣 幸さんが謎の女性役として初参加して一筋縄では進まない作品に華を添えます。
THEATER GIRLは、岡本圭人さんにインタビュー。前編では、本作へ出演が決まった時の心境や役への取り組みについて、フロリアン・ゼレール氏作、ラディスラス・ショラー氏演出作品に出演する思いなどをうかがいました。
同じ舞台に立てること自体が大きな財産だと感じた
――フロリアン・ゼレール氏作、そしてラディスラス・ショラー氏演出のタッグは、シリーズとしても特別な思い出が多い組み合わせだと思います。出演が決まった際は、どのように感じましたか。
まず、“フロリアンの戯曲で、ラッドが演出する作品”というだけで、強く惹かれました。この組み合わせの作品には絶対に参加したいという思いがあり、それが出演を決めた一番の理由です。
前回、『Le Fils 息子』と『La Mère 母』を同時上演していたとき、ラッドがフランスへ帰国する直前に「こういう作品があるんだけど、出てくれる?」と声をかけてくださったんです。即答で「もちろんです」とお返事して、そこから今回の参加が始まりました。
さらに出演者のお名前を伺って、“ぜひご一緒したい”という気持ちがより強くなりました。橋爪(功)さんは以前から尊敬している素晴らしい俳優さんですし、作品内容にかかわらず、稽古をご一緒し、同じ舞台に立てること自体が大きな財産だと感じました。そうした思いのまま迷いなく「やりたい」と感じ、気がつけば今ここにいる、という感覚です。
――実際に作品の内容を知ったときは、どのような印象を受けましたか?
フロリアンの三部作『Le Père父』、『Le Fils 息子』、『La Mère 母』は日本でも上演されていますが、どれも普通の戯曲とは少し違い、“謎”が秘められているんです。説明を極力排し、観客の想像に委ねるような書き方が特徴で、今回の『飛び立つ前に』は、その中でもさらに謎めいていました。
台本を読んだ段階では、世界がどんどん変容していくような感覚があり、事実そのものが揺らぐ印象もあって、正直に言うと「よくわからない」というのが最初の感想でした。ですが稽古に入り、ラッドの解釈や言葉に触れていくうちに、「ああ、こういうことか」と腑に落ちる部分が少しずつ増えていったんです。
ただ、この作品には“これが正解”というものはなく、観る方の人生経験や価値観によって、受け止め方が大きく変わっていく戯曲だと思います。その“空白”をあえて残しているからこそ、“新しい演劇体験”ができる作品なのではと感じています。

日本人が演じるからこその作品が出来上がると思う
――世界各地で上演されているシリーズですが、『Le Père父』、『Le Fils 息子』、『La Mère 母』など日本でも上演が続いています。実際にラディスラス・ショラー氏と接していて、「日本で上演したい」という思いを感じることはありますか。また、日本で上演する理由をどのように捉えていますか?
フロリアンの作品は、国や文化を超えて伝わる“人間の内面”や“家族の関係性”といった普遍的なテーマを扱っているので、必ずしも「日本だから」というわけではない気がします。ただ、ラッド本人は、フランスと日本の観客の違いにとても驚いていました。日本の観客は作品を真摯に受け止め、深く理解しようと寄り添ってくれる、とよく話しています。
それに、ラッドは来日するたびに日本国内をあちこち旅していて、本当に日本が好きなんだと思います。「ここに行ったほうがいい?」「何を買えばいい?」と相談を受けることも多いんです。
――海外で上演された舞台映像などはご覧になりましたか?
この作品に関しては、探したのですが映像が見つかりませんでした。ただ、それが逆に良かったとも感じています。日本語で演じる以上、フランス人になりきることは難しいですし、日本語ならではの表現、日本人が演じるからこその作品が出来上がると思うので。
――テーマは共通でも、日本には日本の届け方があるということですね。
そう思います。作中には橋爪さんが詩を語るシーンがあって、その場面では、日本語の持つ美しさや響きが自然と際立つと思います。
それに、フロリアンとラッドは長年タッグを組んで作品を生み出してきた関係で、ラッドはフロリアン作品を最も深く理解している演出家だと感じていて。
世界各地で彼の作品は上演されていますが、ラッドが演出しているのはフランスと日本だけなんです。だからこそ、この二つの国で上演される舞台こそが、フロリアンの戯曲が最も本来の形で立ち上がっているのではないかと感じています。
小さな嵐をもたらすような異質な存在になる気がする
――本作では、男(エリーゼのフィアンセ・ポール)を演じられます。稽古を通して変化した部分など、現時点での役柄への取り組みについて聞かせてください。
正直なところ、まだ自分でも「どういう役なのか」を完全に掴みきれていないんです。この物語は家族の物語でもあって、橋爪さんがアンドレ、若村(麻由美)さんがその妻マドレーヌを演じられます。そして、二人の娘を奥貫(薫)さんと前田(敦子)さんが演じています。
その中で、僕が演じる人物は“男”としか記されていない役割も担っていて、ラッドからも「あまり役に囚われないでほしい」と言われています。シーンによって姿が変わったり、まったく別の役割を担ったりと、一貫性を持たない存在なんです。
ただのフィアンセではなく、時に別の人物になったり、セリフを一切発さず“そこにいるだけ”の存在にもなったりする。現実のリアリティから少し浮いた、舞台ならではの人物で、この家族に小さな嵐をもたらすような異質な存在になる気がしています。
――演じていて、難しさを感じる部分はありますか?
もちろん難しいと感じていますし、こういった役にはなかなか出会えません。これまで経験してきた作品とはまた違ったアプローチが必要だと実感しています。
ただ、ラッドが「できると信じて」と言ってくれるので、その言葉に後押しされて、自分も「できる気がする」と思えてくるといいますか。信じてもらえているからこそ、演出家や共演者の想像を超える佇まいや存在感を表現できたらと思っています。

より深い結びつきを感じている
――フロリアン・ゼレール氏の作品に何度も携わるという経験は、俳優としても特別なものだと思います。一人の劇作家の戯曲と向き合い続ける中で、ご自身にどのような変化を感じていますか?
まず、このようなご縁をいただけていることに心から感謝しています。一人の作家の作品に継続して関わる機会はなかなかありませんし、僕の初舞台がフロリアン作の『Le Fils 息子』だったこともあって、より深い結びつきを感じています。
初舞台の時は必死で、目の前のことに食らいつくのが精一杯でした。でも昨年、3年ぶりに『Le Fils 息子』を再演した際、同じ役と再会して「すごく成長したね、変わったね」と言ってもらえたんです。『La Mère 母』では、同じニコラという名前でも思春期とは異なる、大人の側面を持つ役を演じました。そして今回は“男”として、年齢も役割もまったく違う人物に挑んでいます。
作品やチームと再会するたびに、自分がどんどん成長していると実感します。先日も稽古の合間にラッドと話していて「違う人みたいだね」と言われて。初演から『Le Fils 息子』でご一緒している若村さんからも「どんどん変わっているね」と声をかけていただきました。
作品とともに歩み、作家や演出家とともに成長してきた実感がありますし、次に再会する時には、さらに進化した姿を見せたいという思いも強くなっています。やるたびに「この期間に経験したことを全部注ぎ込みたい」と思える環境で、本当にありがたいですね。
取材・文:THEATER GIRL編集部
撮影:遥南 碧
ヘアメイク:平山直樹
スタイリスト:柴田拡美(Creative GUILD)
公演概要
『飛び立つ前に』
作:フロリアン・ゼレール
翻訳:齋藤敦子
演出:ラディスラス・ショラー
出演:橋爪 功 若村麻由美 奥貫 薫 前田敦子 岡本圭人 剣 幸
【東京公演】
2025年11月23日(日祝)~12月21日(日)
東京芸術劇場 シアターイースト
【兵庫公演】
2025年12月26日(金) 14:00、12月27日(土) 14:00、12月28日(日) 14:00
兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
【島根公演】
2026年1月10日(土) 14:00、1月11日(日) 14:00
島根県芸術文化センター「グラントワ」 大ホール
【宮崎公演】
2026年1月17日(土) 14:00、1月18日(日) 14:00
メディキット県民文化センター(宮崎県立芸術劇場)演劇ホール
【秋田公演】
2026年1月24日(土) 14:00、1月25日(日) 14:00
あきた芸術劇場ミルハス 中ホール
【富山公演】
2026年1月31日(土) 14:00、2月1日(日) 14:00
オーバード・ホール 中ホール
公式サイト:https://www.avant-de-senvoler.jp
後援:在日フランス大使館 / アンスティチュ・フランセ
企画制作:東京芸術劇場
