佐々木蔵之介インタビュー 『ヨナ-Jonah』「大切にしている思い出や人を思い出させてくれる作品」(後編)
2025年10月1日より東京芸術劇場シアターウエストで佐々木蔵之介ひとり芝居『ヨナ-Jonah』が上演されます。本作は、同年5月にルーマニア・シビウで世界初演を迎え、ハンガリー・ブダペストやルーマニア・ブカレスト、ブルガリア・ソフィアなどヨーロッパ各地を巡るツアーで高い評価を得てきました。その集大成として、日本公演がついに幕を開けます。
演出を手がけるのは、ルーマニアを代表する演出家・巨匠シルヴィウ・プルカレーテ氏。主演には『リチャード三世』『守銭奴』でプルカレーテ氏と深い信頼関係を築いてきた佐々木蔵之介さんを迎え、ルーマニアの国民的詩人マリン・ソレスク氏の代表作を一人芝居として立ち上げます。閉塞する現代に響く「孤独」や「希望」の問いかけを、日本・ルーマニアのアーティストが結集して描き出す本作。国際共同制製作ならではのスケールと熱量に注目が集まります。
THEATER GIRL は、佐々木蔵之介さんにインタビュー。後編では、一人芝居に挑むことについての思いや日本公演に期待すること、佐々木さんにとって“舞台”に立つことなど、俳優観についてのお話も含め、たっぷりとお聞きしました。
共同製作だからこそ実現できた形
――今回の作品は一人芝居ですが、これまで大人数での舞台に取り組まれてきた経験と比べて、違いや面白さをどのように感じられましたか。
戯曲選びの段階がちょうどコロナ禍で、大きなカンパニーでの上演は難しい状況でした。できるだけ少人数で、という話が進むうちに、最終的には「一人」という形に行き着いたんです。当初は二人や三人で上演することを考えていたのですが、結果的に一人になりました。さらに「それなら蔵之介がルーマニアに単身で行ったほうがいい、経済的にも合理的だ」という流れになって(笑)、本当に一人で行くことになったんです。まさに共同製作だからこそ実現できた形だと思います。
ただ、一人でやろうと決められたのは、過去に『マクベス』の一人芝居を経験していたことが大きかったと思います。その時の感覚から「もしかしたらできるかもしれない」と思えた一方で、以前より体力が落ちているのではないかという不安もあり、やはり恐怖は大きかったですね。

――さまざまなアプローチが考えられる中で、どのように方法を選ばれたのですか。
以前にもお話ししたように、「子どもにも読み聞かせられるような物語にしたい」と思っていました。ドリアン助川さんのテキストを読んで、ヨナはただ苦しみに打ち勝とうともがく存在だけではなく、もっとチャーミングなキャラクターにできるのではないかと感じたんです。極限状態から抜け出そうとしながら、自分を客観的に笑ったり、落ち込んだりする。その振れ幅をユーモラスに表現できれば面白くなると思いました。
ルーマニアに行く前から、その方向性で、あくまで自主的に稽古を進めていました。ただ、現地で「これはヨナじゃない」と否定される可能性もあると思っていました。しかし、実際には一切そういうことは言われず、むしろ受け入れてもらえたと感じました。もしかすると、それが「日本的なアプローチ」として解釈されたのかもしれません。
――なるほど。ヨナの物語が現地の人々に深く根付いているからこそ、新しいアプローチも喜ばれたということですね。
そうですね。ワールドプレミアの際にスタンディングオベーションをいただいたのは、本当にうれしかったです。逆の立場で考えると、日本で宮沢賢治の作品をルーマニアの俳優が一人で 80 分のモノローグとして上演したとしたら、私たちはきっと「ありがたい」と感じると思います。「自分たちの国の作品を、異国の人がここまで大切に演じてくれたんだ」と受け止めるはずです。きっと今回も、現地の方々が同じように温かく受け入れてくださったのだと思います。

大胆なアプローチに驚いたが、同時に強い刺激も受けた
――今回の創作過程で、プルカレーテさんから印象に残っている言葉やリクエストはありましたか。
ひとつだけ、“ダメ出し”のようなものがありました。とはいえ深刻なものではなく、「若い」ということでしたね(笑)。「もっと老人のほうがいい」と冗談めかして言われたんです。実際には、強く指示されることはほとんどなく、基本的に多くを語らない方でした。
稽古時間も1日3時間ほどですが、通訳を挟むと実質はその半分くらいです。だからこそ短い時間の中で、「この戯曲をどう手術するか」という話がよく出ました。彼が言う“手術(オペレーション)”とは、作品を大胆に切り分け、順番を入れ替えたり、異なる場面を貼り付けたりすることです。実際、今回の舞台でも最後のセリフは、戯曲の別の部分を切り取って配置しています。
こうした大胆なアプローチには最初こそ驚きましたが、同時に強い刺激も受けました。観客の皆さんもきっと新鮮に感じると思います。
――とても刺激的なお話ですね。10 月からは日本公演が上演されますが、最も楽しみにされていることは何でしょうか。
今回は“ルーマニアで作ったからこそのテイスト”だと思っています。たとえプルカレーテさんら三人のチームが同じ戯曲を日本で制作していたとしても、この形にはならなかったでしょう。現地での日常や空気感が、そのまま舞台に息づいていると感じます。
例えば、ルーマニアではタクシーのドアを強めに閉めると「これはトヨタやホンダじゃないんだ」と言われるように(笑)、どこか雑然としていて、立て付けが完璧ではないんです。ホテルの家具や舞台セットの椅子もガタガタしていて、こちらから「これはさすがに怖いので直してください」と言わないと、そのままになってしまうこともありました。日本の“きっちり”した環境に比べると大きな違いですね。
ただ、その雑さが悪いわけではなく、むしろ魅力的でした。担当が決まっていなくても、できる人が自然に作業を進め、全員でその場で手を動かしながら形にしていく。そんな“手作り感”が随所に感じられる。ちょっとした違和感や不具合も含めて、その肌触りや温度感が舞台に反映されているんです。
全体としてはプロフェッショナルで立派なアート作品ですが、どこか文化祭のような温かみもあり、その点をとても気に入っています。日本のお客様にも、こうした“手触りのある舞台”を楽しんでいただけるのではないかと期待しています。

「よく眠ること」を第一に心がけた
――本作は「クジラに飲み込まれたヨナ」の逸話がもとになっていますが、佐々木さんご自身がもし大きな困難に直面したとき、それを打破したり自分を鼓舞したりする方法はありますか。
寝ることですね。困難な状況のときは、夜遅くまで考えずに、とにかく早く寝ることが大事です。しっかり眠らなければ、冷静に考えることもできませんから。実際、ルーマニアに向かう際も、作品のことを思い詰めるより、まず体調を整えて元気に過ごすことを意識していました。
ひとり芝居ですから、病気やケガをしてしまうと何もできません。そのため出発前には検査を受け、健康管理にも気を使いましたが、現地では何より「よく眠ること」を第一に心がけました。結果的にそれが正解だったと思います。睡眠不足は心の余裕を奪ってしまうので。
――なるほど。とてもシンプルですが、確かに大切なことですね。では改めて、佐々木さんにとって“舞台”というのはどんな存在なのでしょうか。
やはり、怖い場所ですね。毎日板の上に立ち続けることは、肉体的にも精神的にも大変です。年齢を重ねれば体力の衰えも感じますし、正直きつい部分もあります。それでも、舞台だからこそ鍛えられるものがあり、自分にとって原点でもあります。大学の演劇サークルが出発点でしたから、舞台が私の基盤です。
舞台は大きな試練でもあります。その試練とは、やはり時間をかけて向き合うことではないかと思います。もちろん、映像の瞬発力で演じることも大切ですが、舞台では毎日同じことをできてもできなくても続けていく。多くのお客様の前でOKも出ずにやり続ける、その過程そのものが役者として重要な経験だと思っています。
――厳しさの中にも、舞台ならではの魅力を感じることはありますか?
例えば、「昨日は気づかなかったけれど、今日お客様に気づかせてもらった」という瞬間があります。役の感情を客席から気づかせてもらったり、劇場全体が一斉にゾクッとする瞬間です。「今、この会場で同じ風を感じた」「同じ空気を共有できた」という体験は、やはり舞台ならではの魅力ですね。本当に楽しいですし、やり続ける原動力にもなっています。
――その一体感は、観客の空気から伝わってくるものなのでしょうか。
もちろんです。観客と一緒に呼吸している感覚があります。『ヨナ』は一人のモノローグですが、決して一人きりではありません。お客様と呼吸を重ねながら物語が進んでいく。そういう時間をつくりたいと思っています。
――先ほど舞台は大変だとお話がありましたが、年齢を重ねるごとに芝居に対する考え方や感じ方は変わりましたか?
芝居に対する考え方は、実はあまり変わっていません。大学の演劇サークルから小劇場で芝居を始めた頃から、ずっと同じように考えています。たとえば、台本のセリフは必ず書かれている通りに言いますが、「この句読点を変えて間を作ったら面白く読めないか」とか、「ここで少し違うニュアンスを出せないか」と工夫してしまうんです。
「もし台本に誤字脱字があったら、その通りに読んでしまおう」と思うこともあって、これは関西気質だからかもしれません(笑)。演出家から「余計なことはしなくていい」と言われることもありますが、それでもしつこく考えてしまう。求められていないことを考え続けるクセは、昔から変わっていませんね。

何も予定を立てずにルーマニアを巡れたら
――今後、佐々木さんがプライベートでやりたいことや叶えたい夢はありますか?
正直なところ、「これをやりたい!」という強い欲はあまりないんです。ただ今回、ルーマニアを拠点に1か月以上リハーサルをして、2か月近く過ごしたのですが、ずっと仕事で稽古や準備に追われていました。ですので、次は何の予定もなく、純粋にルーマニア旅行をしてみたいですね。やらなければならないことに追われず、思い切り楽しむ旅をしたいです。
――やはりお稽古の間は、観光らしい観光はあまりできなかったのですね。
そうなんです。生活はしていましたが、自由に観光を楽しむ余裕はほとんどありませんでした。だからこそ、次は何も予定を立てずにルーマニアを巡れたら面白いだろうなと思っています。
――では最後に、日本公演を楽しみにされている皆様へメッセージをお願いいたします。
ヨナは、自分自身でもあると思っています。僕にとってもそうですし、観てくださるお客様にとっても「自分自身」や「大切な人」と重なる存在になるのではないでしょうか。ヨナは母親かもしれませんし、祖父母かもしれない。皆さんが大切にしている思い出や人を思い出させてくれる作品だと思います。ぜひ劇場に、その感覚を味わいに来ていただければうれしいです。

取材・文:THEATER GIRL編集部
撮影:Jumpei Yamada
スタイリスト:勝見宜人(Koa Hole inc.)
ヘアメイク:晋一朗(IKEDAYA TOKYO)
公演概要
舞台芸術祭「秋の隕石2025東京」 芸劇オータムセレクション
佐々木蔵之介ひとり芝居 『ヨナ-Jonah』
【日程】2025年10月1日(水)プレビュー公演/10月2日(木)~13日(月・祝)
【会場】東京芸術劇場 シアターウエスト
【スタッフ】
原作|マリン・ソレスク
翻訳・修辞|ドリアン助川
演出|シルヴィウ・プルカレーテ
舞台美術・照明・衣裳|ドラゴッシュ・ブハジャール
音楽|ヴァシル・シリー
照明コーディネート|吉嗣敬介
音響|小内弘行
ドラマターグ|山田カイル
通訳|加藤リツ子
舞台監督|浦弘毅
【出演】
佐々木蔵之介
公演詳細WEBサイト https://www.geigeki.jp/performance/theater377/
【国内ツアー】
<金沢>
2025 年10月18日(土)
北國新聞赤羽ホール
<松本>
2025 年10月25日(土)、26日(日)
まつもと市民芸術館 小ホール
<水戸>
2025 年11月1日(土)、2日(日)
水戸芸術館ACM劇場
<山口>
2025 年11月8日(土)、9日(日)
山口情報芸術センタースタジオA
<大阪>
2025 年11月22日(土)~24日(月・休)
COOL JAPAN PARK OSAKA TTホール
佐々木蔵之介ファンサイト「TRANSIT」
https://sasaki-kuranosuke.com
佐々木蔵之介フォトブック
「光へと向かう道~『ヨナ』が教えてくれたルーマニア~」
ANCHOR SHOPにて販売受付中・各公演劇場にて発売予定
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