浦井健治インタビュー 『天保十二年のシェイクスピア』 「本当に覚悟の必要な役だなと身が引き締まる思い」(前編)
2024年12月9日より東京・日生劇場を皮切りに、絢爛豪華 祝祭音楽劇『天保十二年のシェイクスピア』が開幕します。
『リア王』『マクベス』『オセロー』『ハムレット』『リチャード三世』、そして『ロミオとジュリエット』など、発表から約400年以上を経た今も世界中で上演され続け、現代演劇にも多大な影響を与えているウィリアム・シェイクスピア。本作は、そのすべての作品を横糸、江戸末期の人気講談「天保水滸伝」を縦糸とし、見事に織り込んだ井上ひさしの傑作戯曲。2024年、新たな形で蘇ります。
主演は、2020年の同公演できじるしの王次を演じた浦井健治さんが務め、同じく2020年の公演に出演した唯月ふうかさん、土井ケイトさん、阿部 裕さん、玉置孝匡さん、章平さん、そして、梅沢昌代さんと木場勝己さんが続投します。また今回新たな配役として、大貫勇輔さんと猪野広樹さん、綾凰華さん、福田えりさんに加え、瀬奈じゅんさん、中村梅雀さんの出演が決定しました。
演出は、演劇界のトップランナーの一人である藤田俊太郎さん、音楽は、日本の音楽シーンを牽引する宮川彬良さんが、2020年の公演に引き続きタッグを組みます。
THEATER GIRLは、佐渡の三世次を演じる浦井健治さんにインタビュー。前編では、本作への出演が決まったときの気持ちや、この作品を今、上演することの意義などをお聞きしました。
役者冥利に尽きるなと思いました
――本作は、2020年に上演された『天保十二年のシェイクスピア』の再演。前作にはきじるしの王次役で出演されましたが、今回は佐渡の三世次役で主演を務められます。
今回お話をいただいて、本当に役者冥利に尽きるなと思いました。ただ、最初は少しためらいがあって。もちろん、とてもうれしかったのですが、あまりにも大役ですし。僕2020年初演の、(高橋)一生さんの演じる三世次が大好きでしたから。でも、やはり役者として、こんなに贅沢でこんなにステキな機会はないなと思い、「ぜひ、お願いします」とお受けさせていただきましたが、本当に覚悟の必要な役だなと身が引き締まる思いでいます。
ただ、前作では王次、今回は三世次と、両方の役を演じるからこそ、井上ひさしさんの描かれた世界やペンに込めた思いを、役を超えて感じることができるのではないかな、とも思うんです。藤田(俊太郎)さんもおっしゃっていたのですが、三世次と王次は対の役どころであると。一緒に登場するシーンはありませんが、木場(勝己)さん演じる隊長が俯瞰していた時代のなかで、もがいて生きていた、もしくは死んでいった人たちの想いや時代への風刺……そういったものを背負っている役なんですね。
そして、メインビジュアルでおさち(唯月ふうか)は鏡の欠片を持っていますが、鏡に映し出される時代を目の当たりにしたときにどう感じるか。井上ひさしさんは、そこをきっと描きたかったんだろうなと思うので、今回のビジュアルは鋭いところを突いてますよね。
三世次や各キャラクターに、シェイクスピアのセリフや役を投影させながら、「今、どう生きていますか?」とか「これから、どう生きますか?」と問い掛け、“人間って、蓋を開けたらこうですよね”ということを、井上ひさしさんは書いていらっしゃる。そこからの学びというのは強烈でした。僕は初演のとき、“伝えたいときに伝えないと、明日はもうないかもしれない”といった刹那もこの作品から感じて。後悔先に立たずではないけど、後回しにしないでいることの大切さに気づいたというか。そんな作品に今回、役を変えてまた参加させていただけることに感謝しています。
――前作で高橋一生さんの演じられる三世次をご覧になって、どのように感じていらっしゃったのでしょうか。
もう衝撃の連続でした。僕は、新国立劇場シェイクスピア歴史劇シリーズをやらせていただくなかで、すべて同じ血筋であるヘンリー四世から七世までを演じさせていただいたのですが。ヨーク側のリチャード三世たちはどうやって生きていたのか、といった葛藤を、彼らと対峙しながらみていたんですね。
リチャード三世は、生まれたときから劣等感の塊で。権力や承認欲求を求めつつ、もしかしたら死を求めていたのかもしれない。僕は、舞台『リチャード三世』で岡本健一さんが“どうして生まれてきてしまったんだろう”とか“母親に認めてもらいたかった”とか、そういった思いで演じるのを間近で見ていましたが、一生さんの三世次にも何か通ずるものを感じました。もちろん、権力を手に入れるために人を惨殺していくという、とんでもない悪党です。でも、それが当たり前だった、そうするしかなかったのだという説得力があって。その先にある、死ぬ直前に思うことに対しても納得がいってしまう。それが三世次でした。
そんなふうに感じた気持ちを、僕は勝手にですけど、藤田さんと共有している気がしていて。三世次の最期のシーンにある「馬だ! 馬を持ってこい!」というセリフ。権力で昇り詰めた結果、何も残らなかった。けれど、そこにはなぜか高揚感があって、人生とはいったい何だったのだろうと。でも人間なんて、蓋を開けたらそんなものじゃないか。それが、井上ひさしさんの答えなのかもしれないし、またお客様一人ひとりの解釈でいかようにもなる作品でもある。だからこそ、僕は初演をリスペクトしながら、リチャード三世を和物で、三世次という形で初めて白薔薇派を演じさせてもらえる醍醐味を噛み締めつつ。自分が俯瞰しながら感じていたものも大切にしつつ、自由にお客様に提示していけたらなと思っています。
――ビジュアルを含め、どのように“浦井健治の三世次”を演じられるのか、とても楽しみです。
三世次は、特殊メイクで顔をちょっと不自由な形にした瞬間……さらに足を引きずって、コブもあって、というところから始まるのですが、こんなに武器をもらっている、なんて役として強いんだろうと感じました。三世次が発する言葉によって、存在自体が意味を持ってしまうくらいに強い。だから、リチャード三世は極悪非道でありながら、世界中で人気があるんですよね。
どう演じても、きっと着地点は一緒で。純粋にも見えるし、子どものようにも見えるし、策士にもものすごく欲求不満にも見えるし。それこそエゴイストにもどうしようもない人にも見える。でもそれは、木場さん扮する隊長という役が俯瞰で見ると、「時代のせいなんだな」という答えになっていく。だから、生まれ落ちた瞬間から、そうするしかなかった。そうすることでしか、歩みを進めることができなかったんです。
この作品のなかには、今の世の中ではタブーとされていることがたくさん書かれています。三世次は、「今の時代は生きやすいですか?」とお客様へ問う役なんですよね。それは、とても重要なポジションだと思いますし。もしかしたら、隊長が見ているのは、おさちが持っている鏡に映された時代なのかもしれない。演劇は時代を映す鏡といいますが、そんなことを井上ひさしさんは感じて、1本のペンで37作品のシェイクスピアを束ね、表現したのかもしれないなと。そんなふうに感じます。
――スゴいことですよね。
スゴいことだと思います。本当に信じられないくらい。しかも、いつの時代にも共感や同調を生んで、各役が魅力的に感じられるように描かれている。それがやはりシェイクスピア作品の強さですし、井上ひさしさんの天才的な、唯一無二の筆だと思います。
実は今、別の作品で栗山民也さんとご一緒しているのですが、同じようなことをおっしゃっていたことがあって。井上ひさしさん渾身の一筆じゃないですが、ペンと紙と裸電球だけの世界で人生を終えた。でも、そこに戦いがあった。この作品は、そういう人が書いたものだから。天保と置き換えてはいるけれど、今の時代にも学びのある作品になっていると。ちょっと悲しいけれど、我々がその世界のなかで生きることで、きっとお客様もそれを感じて、未来へ……“明日こうしよう、ああしよう”と思えるような、井上ひさしさんの問いかけに応えられるような、そんな時間になり得ると。
そうした演劇の醍醐味を、きっと藤田さんは信じているのだと、僕は初演のときに感じたんです。そこから4年で世界はずいぶん変わってしまいましたが、そのなかで藤田さんがどうもがくのか。蜷川(幸雄)組からこの役を演り続けている木場さんが、時代を見るという役を、今回どう演じられるのか。想像するだけで、僕は身が震えます。
――たしかに、蜷川さんがご存命だったら今の世の中をどう思われるのか、非常に興味があります。
本当にそうですよね。僕は蜷川さんの演出を受けましたが、もう愛しかないんですよ。その愛が、愛と捉えられるか否かという時代になった。だからこそ、もしかしたらこの作品がお客様の心の突破口を開く風となり、悩みを吹き飛ばしてくれるかもしれない。逆に、ハムレットやリチャードたちの心の刃が突き刺さり、血を流すことになるかもしれませんが、その血が自分を変えるきっかけになるかもしれない。
そのような……栗山さんの言葉をお借りすれば、演劇の学びの場になるのだなと思うと、役者はもうエネルギーを放出するしかない。今は、覚悟が決まった感じがします。もちろん怖さもありますが、今回の役が僕を呼んでくれたことに、感謝しかありません。どんなにやりたいと思っても、役が呼んでくれなければやれませんから。ようやくリチャードが呼んでくれたという感慨があります。
取材・文:林桃
撮影:野田涼
公演概要
『天保十二年のシェイクスピア』
出演:
浦井健治 大貫勇輔 唯月ふうか 土井ケイト 阿部裕 玉置孝匡 / 瀬奈じゅん 中村梅雀 /
章平 猪野広樹 綾凰華 福田えり / 梅沢昌代 木場勝己
妹尾正文 新川將人 / 白木美貴子 出口雅敏 武者真由 森加織 山野靖博
斎藤准一郎 下あすみ 鈴木凌平 中嶋紗希 藤咲みどり 古川隼大 水島 渓 水野貴以
作 井上ひさし
音楽 宮川彬良
演出 藤田俊太郎
振付 新海絵理子
日本舞踊 花柳寿楽
アクションコーディネーター 諸鍛冶裕太
美術 松井るみ
照明 勝柴次朗
音響 山本 浩一
衣裳 有村淳
ヘアメイク 野澤幸雄
映像 横山翼
歌唱指導 林アキラ
照明助手 日下靖順
衣裳助手 川崎千絵
衣裳制作 飯塚直子(松竹衣裳)
稽古ピアノ 宮川大典
音楽コーディネート 森岡 孝夫
舞台監督 中村貴彦
演出助手 郷田拓実 鄭光誠
制作助手 中尾遥
アシスタントプロデューサー 橋本 薫
アソシエイトプロデューサー 渡邊 隆
プロデューサー 今村眞治
宣伝写真 森崎恵美子
特殊メイク 土肥良成
タトゥーペイント H&Ms Tattoo
宣伝美術 菅沼結美
<公演情報>
2024 年 12 月 9 日~12 月 29 日 東京 日生劇場
2025 年 1 月 5 日~1 月 7 日 大阪 梅田芸術劇場
2025 年 1 月 11 日~1 月 13 日 福岡 博多座
2025 年 1 月 18 日~1 月 19 日 富山 オーバード・ホール 大ホール
2025 年 1 月 25 日~1 月 26 日 愛知 愛知県芸術劇場大ホール
2024 年 9 月 28 日 一般前売開始